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すっかり命中させるのを諦めた歳三は、まさかこの状況で件の話題を出さないのもあからさまに避けているようで逆に不自然であろうとでも思ったのか、汗ひとつかかないで両手を後ろについて、両脚まで伸ばした脱力姿勢で座っている男に問い掛ける。
対する歳三は特に意識しているわけでもないのにそう見えてしまう、どこか不遜気に胡坐を掻いている。
「なぁ。なんで俺が嫌いなんだよ」
途端、総司は大袈裟ではなく少し遠慮気味に吹き出した。
先述したように、歳三は嫌われることに慣れてはいる。
しかし今までは、その理由がほぼ明確にわかるのだ。
喧嘩で負かされた、女を取られたなどの実害由来の他、単にこの容姿や家の裕福さを妬んで、という本人にはどうしようもない理由もある。
歳三からすると、総司だけは嫌われる理由がわからない。
特別に優しくしたり、年下とはいえ剣術については先輩だからと立てたり、塾頭だからとおべっか使ったりはしたわけではない、好かれる為の努力などしていないのだが、総司の方がとても懐いてくれているように感じていたので、何故だろうと疑問になるし、正直にいうと悲しくも寂しくも思うのだ。
すっかり夜が更け、二人の様を見下ろすような月が沖天に浮かぶ。
話をする時は大抵こちらの目を真っ直ぐに見つめてくるのが癖のような男だが、今夜はその月が雲に隠れたりまた顔を出したりするのを何となく見上げている。
「なんででしょうね。歳三さんは良いところがたくさんあるのに。不思議ですね」
だから好きになってくれとか、そういう意味じゃねぇよ。
あまりに飄々とした言い様に反射的に咬みつきたくなったが、すぐに総司が続けるので飲み込んだ。
「甥っ子が転んで眉間に怪我をしたのを抱き上げて、こりゃあめでたい、男子の向かい傷だ、と笑ったり、熱い風呂に入らなきゃエライ人になれないとか言って別の甥っ子を放り込んで蓋をしてしまったり、風呂上がりに大黒柱に向かって張り手の稽古をしたり、佐藤さんの家の餅つきではフザケてお道化たりしながら餅をついて皆を笑わせたんですって? なのに餅が出来上がったらスンと澄まして黙々と大人しく餅を食べるものだからやっぱり笑われていたとか。恐そうな顔なのに、可愛いところもあるんですね」
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