一夜ひとよ

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 歳三は途中から、自分の顔が赤くなっていくのを感じた。しかも幼少期から陽の下を駆け回っていたとは見えない、日焼けをしたことがないのではという程に白い肌なので、紅潮すると他人から見てもすぐにわかる。  それを隠すように、 「んなツマラネェ話、誰に聞いたんだ」 と、美形と褒められたことは多々あれど、恐そうなどとは面と向かっては初めて言われた顔を睨み顔に歪める。 「先生ですよ。餅つきは先生と一緒に行ったんでしょう?」  全く効果なく、だから当然だろうと返す。  ちなみに姉の嫁ぎ先である佐藤彦五郎家での出来事で、勇の方はまるで試合中のような大きな掛け声を上げながら威勢良く杵を振り下ろしていたという。 「愛嬌があるだけではなくて、とても頭がいいですよね。下足番をしては大人数でも一足も間違えずに下足を渡したり、家伝のお薬を作る時は村の人総出で行うのを、十四歳の頃には指揮を任されていたんですよね。しかも歳三さんが役割分担して指図すると非常に効率良く早く済んだとか。有能な人ですね。皆に好かれるのも頷けます」  今度は褒め殺しである。  褒められるのも慣れてはいるのだが、いつの間にか大きめの目がこちらをじっと見てるのに気づき僅かに動揺する。 「だから、いいじゃないですか。あなたには素敵なところが沢山あって、皆に好かれていて、それは変わらない。それでいいじゃないですか」  だから、自分ひとりに嫌われようが別に気にしなくてもいいじゃないか、という意味で言っているようだ。  結果として、元々の歳三の問い掛けには全く答えていない。  はぐらかされているのは明確だ。  誰しも忘れているが、明日はここにわざわざ歩いて来た理由、道場での代稽古がある。  もう寝るべき時刻だからか、このまま謎のままでもいいか、というかどうせ粘っても明かさないだろうと諦めているのか歳三は気怠げに立ち上がる。 「だな。まぁいいか」  その様子を、総司はやはり円らな目で見上げる。笑った顔が子どものようだとよく言われるが、このように少し驚いている時も同じ印象だ。 「俺がお前のこと結構好きなのも変わらないしな」  逃げ足の時には殊更に早い。  そのまま反応も見ずに行ってしまった。
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