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「おっ? トシじゃないか! 来てくれたんだな!」
女達が放っておかない、よく誉めそやされるくっきりとした二重瞼の切れ長の眼が特徴の顔が判別できないくらいに悶絶に歪んでいる状態で、しかも下を向いていても一目でその男とわかる程度に顔見知りらしい先生と呼ばれた男はこの道場を継ぐ時に近藤勇と名を改めたばかりである。
そしてトシと呼ばれた男つまりコテンパンに伸された薬売りは、
「勝手に人の名前縮めんじゃねぇや……歳三だ」
本人の前でも本人がいない時でも鬼瓦などと渾名しているのを棚に上げて随分な言い様だ。
「随分やられたようだなぁ。どうだ、うちの塾頭はすばしっこいだろう」
満面の笑顔で心底自慢気に言うが、歳三としてはすばしっこいなんてカワイイもんじゃねぇバケモンかコイツはとでも反論したいところだ。この男の性格上、絶対にそんなことは口に出さないが。
「先生のお知り合いなんですか?」
そして塾頭である青年は、先程までとは打って変わって人懐こそうな微笑みを湛えて小首を傾げる。実年齢よりも若く見える彼の癖のひとつだ。
「ああ。喧嘩仲間だ。滅法強いからな、うちに遊びに来ないかと誘っていたんだ」
道場主らしく門下生を募って稽古代を稼ごうとか、そんな策略めいたものは微塵もない。ただ大好きな剣術を共に切磋琢磨できる仲間が欲しいのと、生まれつきの喧嘩師歳三の腕前を見込んでもっと強くなるはずだという期待から生まれた発想だ。
勘の良い歳三は、何か裏があるとしたらまんまと現れたりしない。勇の屈託ない言動に惹かれてやって来たのだ。
そして勇がこのように腹積もりなく仲間達を増やすのは後にも先にもよくあることなので、塾頭の青年も明るい表情のまま続ける。
「そうでしたか。僕は先生の一番弟子で沖田総司といいます。よろしくお願いします」
ここで苗字を名乗るので、歳三はすぐに武家の出なのだと察する。
後世にいう幕末という時代であっても、苗字帯刀は武家の特権だ。
裕福な商人や農家の者が苗字を許されたり勝手に名乗ることはあるが。
彼の生まれた土方家も元は農家ではない。多摩郡土着の名族であり、戦国時代に後北条氏の指揮下多摩の十騎衆と呼ばれ勇名を馳せた。
後北条氏が豊臣秀吉の小田原攻めで滅びた後、多摩一帯は徳川家康の領地となった。この地域の民がなまじ武士よりもむしろ徳川家への敬愛篤い由縁、将軍のお膝元、天領だからである。
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