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厭だと思っていても、目で追ってしまう。
こんな僕は厭だ。
いつでも僕の目の端は、あのひとの姿を追いかける。
厭だ。やめろ。見るんじゃない。
見ていても仕方がない。気付くわけない。
「なんだ、隙なんてねぇぞ。斬ろうったってそうはいかねぇからな」
隙だらけです。斬ろうとしているなら、どんなに楽か。
無駄なことだ。この想いはすべて。
あのひとは常に前を向いていて、その姿に焼き焦がされるような想いをしている人間がいるなんて、気付きもしない。
きっと生涯、気付かない。
それでいい。その方がいい。
明けない夜はない、止まない雨はない。
そんな希望の言葉に絶望するのは、きっと僕だけ。
一夜ひとよ、胸で燻る灼熱に焦がれ、この身と想いが灰になるまで。
気付かないでいてくれたら、僕はこのまま朽ちるまで、ただ想い続けることができる。
あなたはずっとそのまま、知らないままでいて。
僕の心なんて、届かないままで。
きっかけも理由も、わからない。
別に綺麗だからとか、そんなことじゃない。
「おおい、遊びにきてやったぞ。いるんだろ、鬼瓦」
如何にも商人風情の格好の癖に、まだ重そうな売り物が入っているらしい薬箱と一緒に軽々と携えているのは剣術道具。そのまま丸見えの木刀と、中に防具が入っているのが一目でわかる大きな巾着型の袋。
この風貌と場所柄を考えて、どう見ても道場破りにしか見えない。それもかなりガラが悪い部類の。
「先生はいません」
天然理心流は、道場試合には不向きだ。道場主も門弟も既知の事実なので、こういう時は他の道場から助太刀を呼ぶことが常だった。
今回もそうする筈だったが、何か引っかかるのか、若き塾頭はさも涼し気な顔をして言う。後ろに控える門弟達は今すぐにでも恥ずかしげもなく助っ人召喚の為に他流の門を叩きに行こうと戦々恐々としているというのにあまりに対照的だ。
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