七 狐疑

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「そういや芹沢先生、この程も問屋への押借りの苦情が入っている。そろそろ控えてもらわないと新選組の面目が潰れる。店に火まで付けた事件。あの件で未だに町ではこっちを目の敵にする者がいる。京の治安維持にも助力してくれねえと、あんたが新選組(ここ)にいる意味もなくなるんじゃないのか」 「ああ、あの焼き討ちの件はな――」  土方に答えようとした芹沢を遮ったのは新見だった。 「先生、今回は相手もそこいらの不逞浪士というわけではない。こちらも総出で」 「ああ、そうだな。これが上手くいきゃあ朝廷(くに)のために酬いれるってことよ」  豪快に笑う芹沢に面白くなさそうにする土方。その睨んだ視線の先は芹沢を通り越し、新見の不気味な笑みを捕えていた。  隊士たちが奥座敷から退散していく中、藤堂が野口に声を掛けた。 「また同じ組だね」 「ああ、出陣のときは平助とよく一緒になる」 「土方さんはわざと私と野口を一緒にしているのかな? だって、私たちが一緒だとほら、強いでしょ」 「たまたまだと思うよ。でも平助の強気なところは僕も好きだ」  野口の言葉に照れたように嬉しそうに破顔する藤堂。 「この後甘いものでも食べに行こうよ」 「いいね。今日は芹沢先生からも(いとま)をもらっているし、行こう」  二人が足早に駆けていく。その後ろ姿を腕を組み壁にもたれ掛かった土方が見送っていた。  ▼▼▼  同刻。御所近くの立派な屋敷を狐火が歩く。表立っては他の公家邸宅に交じって何ら変わりのない屋敷だったが、奥へ行けば行くほど昼間だと言うのに薄暗い空間へとつながっていた。 「のう、狐火(こっこ)。先頃夜に出かけておったが、どこへ行っておった?」  どこからともなく聞こえて来た声に狐火がうざったそうに頭を搔く。 「なんや猫尾(びょうび)か。あれは散歩や散歩」 「非番の上新選組絡みの用もないのに、狸吉(たぬき)(てん)を連れてか?」  「話しかけるんやったら姿くらい見せえや」と舌打ちをする。 「まあよいわ」  狐火の愚痴も気にせず姿を見せぬ声が話し続ける。 「ほんま、新選組やて。我ら魂喰(たまくい)と外のもんとを繋げるなんて、帝は何をお考えなのやら」 「別に、なんでもないやろ。効率がええと思った。それだけちゃうか?」  狐火が立ち止まっている廊下の死角に艶やかな着物に身を包んだ猫尾が座り込む。 「儂はな、貂を心配してるんよ。あれは今まだ外の人間と関り合う事がない。刺激を受ければすぐに人の念が入り込む。普通に人として生きるならそれもまた良し。しかし魂喰として生きるならそれは枷にもなりかねん」  ――ああ、それはもう手遅れかもしれんけど。  狐火が扇で口元を隠すとふふっと笑う。 「わざわざ心配してもろて、おおきに」  のらりくらりと躱す狐火に猫尾も言葉を返すのを諦めた。 「狐火様」  一人の従者が狐火を見つけ駆け寄る。 「新選組の斎藤一殿がいらっしゃっております。間もなく大きな出陣があるとの事」  斎藤の名前を聞いた狐火が空を仰ぐ。 「あはは。ほな狐火、お気張りやす」  猫尾が嬉しそうに笑うと立ち上がりその場を離れていった。 「なんでこんなしょっちゅうしょっちゅう。新選組(あれ)が来てからの方が京が騒がしくなってるっちゅうねん」  苛立ちが歩く足音に滲み出る。狐火が斎藤の待つ部屋へと向かった。
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