一 嚆矢

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――笑えば愛嬌ありそうなのにな、あいつ。  貂がそんな事を考えていると、ついにしびれをきらした芹沢一派の新見(にいみ)が大声で魂喰に食ってかかった。芹沢の二番手に付くその男には人相の悪さが際立つ。 「芹沢先生の言う通りだろ。俺らは京の町を託されたんだよ。言う通りその怪しい面を取りやがれ!」  その言葉に狐火の耳がぴくりと動く。 「あっはははははははは!」  狐火の猟奇的な笑い声が部屋中に響いた。ひーひーと笑う狐火が自身の息を落ち着かせる。 「『俺らが託された』? 笑止!」  ぼうっと藤堂を見ていた貂もビクつき背中に冷や汗が伝った。狸吉は冷たく刺す様な狐火の言葉が響いてもなお落ち着き微動だにしない。 「こちとら千年も前から京におるっちゅうねん。それをまあ、いけ図々しくも」  「これやから田舎もんは」と狐火から殺気が溢れだす。 「田舎から出てきて数か月の輩が。京を我が物顔で歩くんは百年早いわ。たいがいにせえ」  狐火から溢れだす得体のしれない気が部屋の空気をずんと重くする。隊士たちはもとより、貂もその空気に気圧される。  狐火(この男)とその場の全員が感じずにはいられなかった。  重い空気を臆する風もなく割いたのは近藤の声だった。 「すまんすまん! この新選組、血気盛んな男衆の集まりなもんでな。たしかに、古くからここを守ってきたのはあなた方や。これからは力を合わせていきましょう。上様も天子様も、今はそれが望みでしょう」 「お前らも騒ぐな。近藤さんの顔を潰す言動をとるんじゃねえ」  土方がギロリと睨むと騒いでいた隊士も一気に静まる。  近藤や土方の言葉に狐火も荒ぶった気を落ち着かせた。 「まあええわ。公武合体の先駆けが新選組なんやろ。帝の(めい)とあらばうちらも逆らえん。兇魂が発生しそうな事案にはうちらを呼んでもらいます。今の世の中、人は人を恨んで生きる。斬れば兇魂が湧き出るような輩がうろうろしてるからなあ」  臭い物から鼻をふさぐように扇を口元に当て、狐火が話す。 「それでは近日。不逞浪士を見廻る際にはこの斎藤が伝えに参りますので」  近藤が指したのは斎藤一。分厚い前髪に隠れてまるで目元が見えないその男が深く頭を下げた。  目元が見えない。その風貌は感情を読み取ることが難しく、面を被った魂喰たちと似るところがあった。  話しがまとまり、そろそろ退散しようと狐火が席を立つ。最後に貂が再び藤堂に目を遣ったが、相変わらず興味なさそうに外を眺めていた。  ▼▼▼  魂喰の3人が壬生村から帰路に就く。 「狐火、お前は煽りすぎだ」  八木邸から離れた頃、狸吉が狐火をとがめる。狐火はよく狸吉に諫められるようで、面倒くさそうに息を吐いた。 「やって、面白いんやもん」 「帝は新選組にも期待されている。こちらも少しは礼をもって接するのが筋」  狸吉の説教に狐火は「はいはい。分かりました」と適当に返す。 「狐火様は新選組が気に入りませんか?」  貂の問いに狐火が「うーん」と考える。 「気に入らんっちゅうか、面白い。あんな威勢ええのにやで?」  狐火の声が嬉しそうに興奮する。 「なあ貂、新選組はほんま短命やなあ?」  まるで人の不幸を面白がるような狐火がくくくと笑う。  それに返事をしなかったのは、ただ彼らの運命を思い口を噤んだから。 「なんやあ。貂かてくせに。おもろない反応やなあ」 「狐火」  「あー、はいはいすんません」と狐火が狸吉をあしらい、三人が京の暗闇に姿を消した。
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