卵かけご飯と小鳥

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 常夜灯をつけているが壁の方を向いて体を固くしている私には壁しか見えなかった。暗闇の中で自分が目を開けているのか閉じているのかもわからないくらいに私は微睡(まどろ)んでいた。思い切ってベッドから起きようと思い、目を開けたとき、すぐ横に人の手が伸びていることに気づいた。  私は急いで目を閉じた。  誰かが部屋の中にいる。  まだ大人ではない私は、(あらが)えないものには従うしかない。しかし、鼓動は速く、大きくなり、全身に脈打っている。  どんな手だったか。さっきの手はどんな手だったか。  暗闇の中に白く伸びる、細い指。  その手に肩を叩かれた。 「起きて」 それはお母さんの声だった。 「お父さんが死んだ」 私がまだじっとして起きない内にお母さんが小さな声で言った。  私はいま起きたようなふりをしてゆっくりと体を起こす。しかし、ずっと起きていたということはきっとバレている。「お父さんが死んだ」と言い直したりしなかった。 「何故だか聞かないの?」 お母さんの言葉はチクリと突いて来る。私は聞きたいと思わなかったし、たぶん私のせいだし、お母さんもそう思っているんだ。  暗くてお母さんの顔がよく見えず、まるでのっぺら坊のようだ。何を考えて、どんなことを思っているのかわからない。何でこんなに落ち着いているんだろう。まるで中身が空っぽの人形みたいだ。動かないし声も発しない。私のことを怒っているのかもしれないし、死を悲しんでいるのかもしれない。私を責めているのだろうか? 私は段々と不気味に感じてきた。  しかし、私はいつかこうなることを望んでいた。お母さんの気持ちはわからないけれど、私は今――うれしい。  やっと開放された。  薔薇色の世界がやってきた。  それは、赤い、赤い、血のような薔薇。  お母さんと私はしばらくの間、時間を忘れて作業をした。お父さんの死体をお風呂場へ運び、解体した。  自分の手や服の裾が赤く染まるのが心地良かった。お父さんのことが嫌いだったけれど、こうして彼が終わりを迎えることで、その血を歓迎するような心持ちで受け入れることができた。  温かい。その血はまだ、温かい。  この時だけは、赤ちゃんの頃からずっと一緒にいるお父さんのことが愛しく思えた。
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