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「君は自分の役割が好きじゃないと言ったね。
君はどうするんだ? これからもずっと、与えられた役割を果たすのか?」
「うん。いやでも、やらなきゃ」
「本当にそれでいいのか? 後悔はない?
こんな道を選んだ僕じゃ、説得力もないだろうけど」
「そんなことないよ」
下の方が騒々しい。いつまで経っても先生が来ないのだから、当然と言えば当然だ。
先生はわずかに視線を落としたけれど、すぐに顔を上げて真っ直ぐに私を見つめた。
「君は僕を否定しないのか?」
「肯定もしない。先生は今、満足してる?」
「わからない。でもきっと、あのまま生きていても同じことだ。満足しながら生きてる人間なんて、そういるものじゃない」
「他の人なんてどうでもいい。先生のことを聞いてる」
先生は眉間にしわを寄せ、祈るように天を仰いだ。
「オレの魂はどう? 君にはもう見えるんだろう?」
暗い罪の色が見えるよ。赤でも黒でもない、混沌とした色をしてる。誰も知らない、先生だけの秘め事。
それがどんどん薄まって、透明に近付いていく。なかったことになるんだ。
唯一の証人が消えてしまうから。
「きれいだよ」
楽になれたんだね。私の胸はぎゅっと痛んだ。
どうして、それを誰にも吐き出さなかったの?
どうして、そんな風になるまで一人で。そんな思いを抱えていたら、息もできないでしょう。
こんなに染まりきった魂を見たのは、初めてだった。まるで月も星も無い空みたいだった。
「先生には未練はないんだね」
「ああ」
振り上げた私の手には何もない。けれど、私の影は大きな鎌を持っている。曖昧な輪郭の黒い刃が先生の首へ迫る。
「仕事を増やしてごめん。君の未来が幸せであることを願うよ」
先生は穏やかに目を閉じた。
「さようなら。小さな死神さん。迎えに来てくれて、ありがとう」
さようなら、初めて私が見えたひと。
掬い上げた魂を抱え、教室の片隅に佇んでいた私に声を掛けてくれたひと。
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