先生はそれを遮り、ここにいていいのだと言った。

3/5
前へ
/5ページ
次へ
「君は自分の役割が好きじゃないと言ったね。  君はどうするんだ? これからもずっと、与えられた役割を果たすのか?」 「うん。いやでも、やらなきゃ」 「本当にそれでいいのか? 後悔はない?  こんな道を選んだ僕じゃ、説得力もないだろうけど」 「そんなことないよ」  下の方が騒々しい。いつまで経っても先生が来ないのだから、当然と言えば当然だ。  先生はわずかに視線を落としたけれど、すぐに顔を上げて真っ直ぐに私を見つめた。 「君は僕を否定しないのか?」 「肯定もしない。先生は今、満足してる?」 「わからない。でもきっと、あのまま生きていても同じことだ。満足しながら生きてる人間なんて、そういるものじゃない」 「他の人なんてどうでもいい。先生のことを聞いてる」  先生は眉間にしわを寄せ、祈るように天を仰いだ。 「オレの魂はどう? 君にはもう見えるんだろう?」  暗い罪の色が見えるよ。赤でも黒でもない、混沌とした色をしてる。誰も知らない、先生だけの秘め事。  それがどんどん薄まって、透明に近付いていく。なかったことになるんだ。  唯一の証人が消えてしまうから。 「きれいだよ」  楽になれたんだね。私の胸はぎゅっと痛んだ。  どうして、それを誰にも吐き出さなかったの?  どうして、そんな風になるまで一人で。そんな思いを抱えていたら、息もできないでしょう。  こんなに染まりきった魂を見たのは、初めてだった。まるで月も星も無い空みたいだった。 「先生には未練はないんだね」 「ああ」  振り上げた私の手には何もない。けれど、私の影は大きな鎌を持っている。曖昧な輪郭の黒い刃が先生の首へ迫る。 「仕事を増やしてごめん。君の未来が幸せであることを願うよ」  先生は穏やかに目を閉じた。 「さようなら。小さな死神さん。迎えに来てくれて、ありがとう」  さようなら、初めて私が見えたひと。  掬い上げた魂を抱え、教室の片隅に佇んでいた私に声を掛けてくれたひと。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加