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「窓に寄り掛かったら危ないよ。何をしてるんだ?」
放課後、生徒たちに帰宅を促すために巡回してた時、オレはその子を見つけた。
教室の隅っこで、窓の外をじっと眺めている。
寝不足が続いているせいだろうか。受け持っている生徒の顔と名前は憶えている筈なのに、これといった特徴のない後ろ姿に、オレはその子の名前を言い当てることができなかった。
「えっ……と」
叱られたと思ったのだろう。彼女は大きく肩を跳ねさせ、おどおどとした様子でこちらに振り返る。
悪戯を咎められたような、驚きを隠しきれない表情が印象的だった。思い出せないのではなく、知らない。
別の学年の子なのだろうか。だとすれば、この子は興味本位でこのクラスに足を踏み入れたのだろうか。
「呼ばれたから迎えに来た。でも、まだここに居たいって言われたから」
「呼ばれた? 何言ってるんだ」
要領を得ない話し方に苛立ち、オレは彼女の手を掴んだ。乱暴に、窓際から引き離す。
「危ないって言ってるだろう」
「でもまだ、ここに居たいって」
抵抗は示さなかったが、彼女はオレの手を握り返し訴えた。
澄んだ瞳にどきりとする。この教室に、遊び半分で立ち寄ったのではないと感じた。
「だったら、居てもいいからちゃんと椅子に座りなさい」
オレはすぐそばの席を指差し、椅子を引いた。座るように目配せする。
机の上に置かれているものに気付き息が止まった。
意地悪をしたつもりはなかったが、この席を勧めるなんてどうかしている。
周囲を見回せば、教科書やノートの詰まった机ばかり。放課後の教室にはオレ達以外誰もいないのに、ここには生徒の気配が充満している。
それなのにここだけ、朝替えたきりの水と花のにおいが漂っている。
「ここに、私の席はないよ」
立ち止まったまま、彼女はオレを見上げた。困惑気味ではあるが、怒りも悲しみも感じられない。整っているようでぼんやりとした顔だちをしている。
さっきはあんなにわかりやすい顔をしていたのに、あまり感情表現が豊かな子ではないのだろうか。イマイチなにを考えているのかが読み取れない。
「君の席は、他のクラスにあるんだろう?」
オレの問いかけに、彼女は静かに首を振った。やはり必要以上に淡々としている。
「学校に私の居場所はない」
「この席はもう誰のものでもないから大丈夫。この席の子はね、一週間前、事故で死んでしまったんだ」
「知ってる」
「そう、だよな」
だから、この子はここに居るのだろう。
公には事故ということになっているが、そう思っている人間はひとりもいない。本当のことは誰も知らないが、だからこそ憶測で物は言えない。
この子は、死んでしまった生徒に同調しているのだろうか。「呼ばれた」という言葉が重く圧し掛かる。早く帰りなさいと追い立てるのは簡単だが、そうしてはいけないのではないか。
掴みどころのないこの子を、どうしたら繋ぎとめていられるだろう。
「先生?」
声が遠ざかった気がして視線を向けると、彼女はガーベラの向こう側でかすかに笑った。
ちょこんと椅子に座り、花瓶の凹凸をなぞっている。
「座ったよ。もう少しここにいていいよね」
「ああ」
純粋に言葉通り、彼女はそこに居るだけで満足しているようだった。
けれどオレにとって沈黙は耐えがたく、とつとつと自分のことを話し、彼女の話を聞いた。
花の名前、学校の中で気に入っている場所、オレの仕事、彼女の役割。
夢想じみた受け答えは現実味がなく、痛々しい思いで始めたこの時間をオレは楽しいとさえ感じていた。
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