桜を伐る女

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「見事な桜ですね」  と青年は樹を見上げて呟いた。  他意なく純粋にその美しさに見惚れている表情だ。 「ええ、本当に。」  応じたのは制服姿の少女だった。  まだ幼さの残るその顔には戸惑いと、隠しきれない恐怖の色が浮かんでいる。 「今まで、一度も花を付けたことのない桜なんです。もう内部や根が枯れているだろうからって伐ろうとしてもお祖母ちゃんが絶対許さなくて」  読経の声が遠く響く邸の方をちらりと見て、少女は言った。  春になっても花も付けず、夏には毛虫が群がり枝は腐り、秋には色づく前に葉はすべて枯れ落ちるという具合で、四季を通して美しかったことのない厄介なこの桜を、祖母がどう思っていたのかはわからない。  ただ、入学や卒業、結婚出産など家族にめでたい事があるたび、祖母は古いフィルムカメラと三脚を持ち出して、この桜の下で写真を撮って家族や親戚に配った。  おかげで、家族のアルバムにはどの時代、どの子の祝い事によらず、この醜い桜が残されている。  「本当に伐るんですか、今日?」  その桜を、祖父の葬儀の当日、無惨にも伐り倒すなんて……と少女の母をはじめ親戚中が呆れ動揺したが、祖母は坊主を呼ぶより前に伐木の手配をしたという。  少女が哀しんでいると思ったのか、青年は準備をする手を止めた。 「やめますか? オレはどちらでもいいんです。依頼を受けたのはオレの祖母ですし。日銭を稼ぎに来てみたら葬式の真っ最中で正直、オレも戸惑っていたところですから」 「うちのお祖母ちゃんとあなたのお祖母さまはお友達だったのでしょうか?」 少女の問いに、青年は首を傾げた。 「詳しくは知らないけどバスケのクラブチームのサポーターをしてて知り合ったとか」 「ああ、バンビーノ大和が贔屓なの」  祖母は応援している選手のユニフォームを購入し、チームが近県に来るとかならず会場まで試合を見に行っていた。  チームが勝つと上機嫌で、そういえば同じユニフォームを着た賑やかな人たちと撮った写真を見せてくれたっけ。 「へえ、元気なばあちゃんなんだな」  と青年は人懐こく笑った。
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