LovelessDoll

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LovelessDoll

あぶれた男娼が集まる路地裏。表通りのネオンの明かりもここでは薄まる。 かじかむ手をドラム缶の火に翳し、暖をとっていたダチが振り向く。 「よーノア、調子どうだ」 尻ポケットに突っ込んだ札束を掲げりゃ、色めきだった仲間が口笛を吹く。 「やるじゃん。さすが売れっ子」 「プレイの内容教えろ」 「内緒。寝取られたら困るし」 「ケチ」 「SМ?スカ?タチネコどっち?」 「ウリ専だっての」 群がる仲間を適当にあしらい、札束をポケットに詰め直す。 俺の職業は男娼。 裏路地に流れ着いて一年半、せっせとテクを磨きコネを作り稼ぎ頭に成り上がった。もともと外見には自信あったし、なるようになったといえる。 指定席のトラッシュボックスに飛び乗り、隣のダチに片手を出してせびる。 「一本くれ」 「金持ってんだから買って来い。それか客からむしれ」 舌打ちが出た。使えねー連中。 煙草をせしめるのは断念し路地を見渡す。 ガキどもは大抵顔見知り。今も5・6人が寒空の下、ドラム缶の火にあたりながらくっちゃべっている。話の内容は太客ないしヤバい客の情報交換と稼ぎの自慢。 「今日の上がりは?」 「一万。そっちは?」 「勝った、一万五ヘル」 「誤差で威張んな」 「ネス、歯ァ溶けるからシンナー吸うなって」 「ちげーよヘリウムガスだよ」 「昨日はまいったぜ、事をおっぱじめる段になってぶっといディルド出しやがって。お堅く見えたんで油断したわ」 「オモチャは追加料金だって事前に言ったか?」 「言った言った」 「倍額ふんだくれ」 酒を回し飲みし盛り上がる男娼たち。隅っこに見慣れないガキが座ってた。 「アレは?」 俺の視線を追い、仲間の一人が「ああ」と頷く。 「ノアは知らねーか、泊まりだったもんな。2・3日前からいるよ」 「新顔か」 店の裏口の階段にちょこんと腰掛け、スタジャンの袖を無意味に折り返す横顔には、人間不信を拗らせた社会麩適合者特有の倦怠感が漂っていた。 「チャイニーズ?にしちゃあ肌が白い」 「混血じゃね?気になんなら聞いてみれば」 興味なさげなダチとは別のダチがまぜっかえす。 「無駄無駄、小さい声でぼそぼそ言ってて全然聞こえねー。マジ根暗」 「ガリガリ。栄養失調かよ」 「見ろよあの手首、折れそうに細っけえ。アバラ浮いてそー」 「病気持ちかな」 てんやわんや好き勝手に噂する。隣のヤツがコーラを呷ってげっぷ。 「てかさ、テコでも目ェ合わせねえでやんの。地面と睨めっこして楽しいのかね」 「蟻んこ数えてんだろ」 「地べたのガムをこそぐバイトでもすりゃお駄賃恵んでもらえんのにな」 内輪の冗談に爆笑する仲間をよそに、じっくり新入りを観察する。 ゴミ捨て場からかっぱらってきたらしい、オーバーサイズのスタジャンとジーンズの中で貧相な四肢が泳ぐ。 滲んだネオンが縁取る横顔は夜なのを差し引いても暗く、伏せた眼差しはドブみたいに澱んでいた。 「へえ」 ちょっとばかしからかってやるかと腰を上げ、のらりくらり近付いていく。 背後から呆れた野次がとぶ。 「だんまり野郎なんかほっとけノア」 「物好きめ」 笑い交じりのブーイングにシカトこき、正面にしゃがむ。のろくさ顔を上げ、まどろみから覚めたように瞬くガキを覗き込む。 「名前は」 「……俺?」 数呼吸の逡巡を挟み、ためらいがちに口を開き、また閉じる。 「……劉」 「声ちっさ」 なるほど、聞き取り辛え。 「チャイニーズ?下は」 「言いたくねえ」 「なめてんの」 「別に……」 年はせいぜい十三・四か。古着の襟ぐりから覗く鎖骨や袖から突き出た手首は痛々しい程細く、ちゃんと食ってんのか心配になる。 さらに近付いて値踏みする。鼻梁のそばかすが難点だが、顔立ち自体は悪くねえ。華やかさはないにせよ地味に整っている。 「家は?」 「……ねえ」 「家出したのか」 「そんなとこ」 数呼吸遅れ、ふてくされた返事をよこす。発言の前後に余白を挟むのが癖らしい。さらに身を乗り出して訊く。 「生まれは?アンデッドエンド?ウリは初めてか、当たり引くコツ知ってる?」 「顔近ェよ」 質問責めに辟易し、手の甲で追い立てる。 「うぜえ。あっちいけ」 「そんな口きけるご身分か?堕ちるとこまで堕ちた同士、仲良くやろうぜ」 お喋りに倦んで懐をまさぐり、煙草を咥えようとしたそばからひったくる。 「返せ」 「早いもん勝ち」 発作的に腰を浮かす劉を制し、ライターで火を付け吸い込み、次の瞬間後悔した。 「メンソールかよ」 「悪いか」 「女が喫うもんだろ?」 「ほっとけ。口直しにちょうどいいんだ」 「何の」とは聞かない。ウリをしてりゃ嫌でも勘が働く。 うまくもねえメンソールをうらやましがらせる為だけにふかし、あっけらかんと宣言。 「ショバ代ってことで」 「お前が仕切ってんの」 「先輩を立てろ」 「何歳だよ。大して変わんねーくせに」 「ここじゃ稼いでる方が立場が上なの。わかるお嬢ちゃん(ドール)?」 お嬢ちゃん呼ばわりが地雷を踏んだか、瞳の奥に憎しみが爆ぜる。 馬鹿げた話、見とれちまった。 「ノア?」 ダチの声で現実味を取り戻す。 決まり悪さをごまかし盛大に煙を吹きかけりゃ、劉が身を丸めて激しくむせる。 「最後の一本……」 半分ほど残った煙草を弾いて捨てる。 「欲しけりゃやるよ。間接キスだ」 ニヤニヤ見物する男娼たち。劉は束の間思案するも、葛藤を吹っ切って這い蹲り、みじめったらしく煙草を摘まむ。 「うわ、マジでやりやがった。プライドねー」 ネオンギラ付く路地裏、新入りを指さし笑い転げる男娼たち。劉は地面に手足を付いたまま、無気力にうなだれている。 泣いてるのかと勘繰り、油じみた前髪を捲って素顔を暴く。 ゲスな期待は裏切られた。 劉は泣いてない。ビターチョコレート色の瞳は虚ろでどこも見てない。 たったいま拾った煙草を薄い唇に挟み、細くなびく煙に乗じて呟く。 「……だりー」 咥え煙草で器用に喋るもんだなと感心した。見下ろしてるのは俺のはずなのに、見下ろされてる気がして胸が騒ぐ。 猛烈な反発と凶暴な衝動が湧き上がり、もぎとった煙草を遠く投げ捨て、胸ぐらを掴んで吊るす。 「ッ、」 ばた付く足がしきりに宙を蹴る。弱々しくもがく姿に留飲を下げ、あっさり手放す。尻餅付いた劉に野次と罵声が飛ぶ。 「本物喫えるようになってから出直してきな」 「メンソールも煙草だろ」 「違うね、モドキだ。女男が喫うもんだ」 それが最初の出会い。 俺はともかく、劉の方の第一印象は最悪なはず。 以後、路地裏でたびたび姿を見かけた。だべるガキどもの輪からポツンと離れ、所在なげに膝を抱えている。俺以外の奴と話してるとこは滅多に見ない。 孤立した最大の原因は性格。 ウリは処世術が試される商売だ。人の目をまっすぐ見れなきゃお話にならない。なのに劉ときたら客相手でもぼそぼそ喋る始末、コミュ力はお粗末なもんだ。 何回か交渉現場を見かけた。 「何ヘル?」 「あー……」 指を五本立ててから迷い、一本二本と畳んでく。 「三万ヘル?三千ヘル?ハッキリしろ」 圧を強めて踏み込む男に対し、あとずさってへどもどほざく。 「口でいい?」 「はあ?」 邪険にガンをとばされ、初っ端から小せえ声が萎んでく。 「だからその、口でやるからそれで」 「お高くとまりやがって!」 肩を突かれ転ぶ劉。憤然と立ち去る男。またしても笑い者。 「手本見せてやれよノア」 「頼んできたらな」 俺は手を出さず高みの見物。 劉は膝の埃を払って立ち上がり、隅に移動してモルネスのフィルターを噛む。 ちょっとした悪戯をひらめく。 たまたまゴミ箱に捨てられてたモルネスの空き箱を回収し、軽快に歩いてく。 「劉」 ジト目で睨まれた。 「こないだの詫び。これでちゃらな」 鼻先に小箱を突き付ける。 「受け取れ」 「……」 疑い深げに眉をひそめ、おそるおそる手を伸ばす。指が届く寸前に引っ込め、また伸ばす。 「爆弾じゃねーし。とっとととれ」 重ねて促す俺と箱を見比べ、今度こそ本当に掴む。メンソールの誘惑には勝てなかったらしい。 一件落着仲直り……と見せかけそうはいかない。箱を逆さに振るや、個別包装の避妊具が転がりだす。 「モルネスだと思った?残念、コンドームでした」 満を持して種明かし。 「ばっかでー、だまされてやんの!」 過呼吸に陥りそうな勢いで馬鹿笑いする男娼ども。渋い顔で極薄コンドームを見詰める劉。 さすがに可哀想になり、恩着せがましく付け足す。 「持っといて損はねえぜ。そのうち必要になるかもだし」 胸で箱が弾む。劉が中身ごと握り潰して投げ付けたのだ。 それからもアイツにちょっかいかけた。理由は単なる暇潰しと猫を殺す好奇心。 ぶっちゃけ劉は浮いてた。 道端でケツ出し喘ぐ他の連中を尻目に、オーラルセックス専門のイロモノポジを頑なに貫き通す。 「すかしやがって」 「上の口は貸しても下の口は売らねえときたか」 「馬鹿にしてんだよ俺らのこと」 「バックバージンは運命の人に捧げたいんだろ」 裏路地に染まらない劉を煙たがり、バージンを死守できるかどうか男娼たちが賭けを張る。 俺は守れないに1万ヘルぶっこんだ。売春を生業にする以上、遅かれ早かれ処女は切らなきゃ立ちいかねえ。 一人が忌々しげに吐き捨てる。 「ラブドールだって本番こなすのに、フェラしかできねー半端なドールに価値あんの?」 ドールは劉のあだ名。 人形みてえに無表情だとか不感症ぽいだとかの当てこすりも含むが、由来はお嬢ちゃんを意味するスラング。 しばらくは劉いじりが流行り、ある時はダチにけしかけられ、ある時は進んで嫌がらせをした。 劉になびいた客を横取りしたり煙草をスッて隠したり、まあそんな感じ。 何か月か観察してわかった。劉の客には変態が多い。オーラルセックス専門の男娼をわざわざ指名する手合いが、まともな性癖の持ち主なわけない。 変化に気付いたのはアイツをよく見ていたから。 劉が裏路地に居着いて三か月、ぼちぼちリピーターが増え始めた。中でも頻繁に通ってくる、セールスマン風の男に注意が行く。 買われた経験のあるガキ曰く、お気に入りにレディメイドのランジェリーを着せて悦ぶ変態だとか。 男と寄り添い夜の街に消えてく劉を見送り、妄想を膨らませる。 このあとモーテルにしけこんで、それからどうするんだ?一緒にシャワー浴びるのか?女物のエロ下着を付けるのか。 劉が変態に好かれる理由が少しだけわかる気がした。アイツには妙な色気がある、それがサディストを呼ぶ。なんというか、ふとした仕草がドキッとするほど女っぽいのだ。 出先で客と揉めたかお代を踏み倒されでもしたのか、頬を腫らして帰ってくることもよくあった。そんな時はやけっぱちで煙草を喫いまくる。切れた唇にしみてもお構いなし、やせ我慢ですぱすぱやる。 邪魔っけに髪を分ける手の表情だとか、煙草をもてあそぶ指のふらちさとか、思い出したように乾いた唇をなめる仕草だとか。 退屈そうにモルネスをふかす横顔が、男を手玉にとり慣れたあばずれに見えるのはネオンの悪戯だろうか? ……馬鹿げてる。なんでアイツが気になるんだ。 こっちは稼ぎ頭、あっちの売り上げは下から数えた方が早い。ってか殆どドべだ。 客におごらす機転も利かず、ゴミ箱の残飯をあさって空腹をごまかす醜態を嘲り、男娼たちが茶化す。 「股開けば食べ残しくれてやるぜ」 男娼は天職と自認する俺。 他に売る物がねえから仕方なく体を売る劉。 リアクションの薄さに仲間が飽きたのちも懲りずに構い倒したのは、ラブがレスしたドールの反応を引き出したかったから。 ぶっちゃけ、うざがられんのが癖になってた。 愛想笑いは下手なくせにネガい本音はすぐ顔に出て、相手をイラ付かせるのだけは大得意。 こんな面白えおもちゃ、ほっといちゃもったいねえ。 だもんでことあるごと突っかかり、相槌があってもなくても喋り続けた。 「劉の客、ぶっちぎり変態が多いよな」 「あ゛?」 切り出し方を間違えた。 「なんで俺に付いてんのが変態ばっかってわかるんだ」 「見りゃわかるさ、正攻法で稼げないぶん他で埋め合わせしなきゃな。どんなプレイしたんだ?聞かせろよ」 「やだね」 「タバスコひたした綿棒で尿道ほじられた?」 「炎症起こすぞ」 「ベルトでぶってくれって頼まれた?」 「さあな」 「わかった足コキだ、中国人の得意技」 「なんでだよ」 「纏足はお前たちの風習だろ?指を内側に巻き込んで、その上から何重にもキツく布を巻き付けて、赤ん坊みてえなちっちゃな足に改造するって聞いた。それ全部足コキで男をよくするためとか、発想が鬼畜すぎてたまげたぜ」 「少なくとも今はしてねえ」 劉がへそと唇を曲げる。回りくどい詮索に飽き、単刀直入切り込む間際邪魔が入った。 「まだやめてないのか。体に悪いよ」 出た、噂の客。 「……対不起」 男同伴で立ち去る劉と別れ、ダチと合流をはたす。 「お嬢ちゃんと何話してたんだ」 「纏足プレイのよさ」 「マニアックだな」 笑い話にして徒労感を打ち消す。頭ん中は着せ替え人形にされた劉の痴態で一杯。あの男がどんな色柄デザインの下着を見立てたのか、知りたいけど知りたくねえ。 次に会ったのは一週間後。馴染みとモーテルに連泊し、チェックアウト後路地に赴く。 生憎ダチは出払っちまい劉しかいねえ。逆に好都合と考え直し、片手を挙げて歩み寄る。 「久しぶりじゃん」 「お前がな」 「ダーリンがお熱でね。買い切りだったんだ」 「売れっ子は大忙しか」 「ふかふかのベッドで寝れてツイてた」 店の裏口の石段に並んで座る。劉は内股でもぞもぞしていた。 「小便?」 「ちげえ」 「毛じらみ?」 「ンな濃くねえ」 即答。珍しい。よく見りゃ耳たぶまで赤くなってる。平気なふりをしようとしてトチり、じれったげに尻をずらす素振りでぴんときた。 「お前……ひょっとして」 「来んな。ほっとけ」 ある種の予感に駆り立てられ、ズボンを掴んで引っ張る。ずり落ちたへりから覗く下着はきわどい紐パン。腰を過ぎるゴム紐に指をひっかけ弾く。 「ぅわ~ドン引き。なんでこんなの穿いてんの、そーゆー趣味なわけ?」 「客のプレゼント。コイツを付けてくりゃ倍払うって言われてそれで、ッ、はなせよ!」 「竿と玉はどうやってしまってんだ?見せろ」 「やめろ!」 「でけえ声だせるんだな」 嫌がる劉に興奮しズボンを下ろす。外気にさらされた股布の面積は極端に小さい上網目状に透けていて、竿と玉に密着してる。 「黒い紐パンとかいい趣味してるぜ。エッチなランジェリー穿いて、野郎のくせに恥ずかしくねェの?」 股間に膝を突っ込み意地悪く揺する。会陰への刺激にビクリとし、劉が途切れ途切れに呻く。 「ふざけ、んな、抜け。お前にゃ関係ねーだろ、ウザ絡みも大概にしやがれ暇人」 「同じ縄張りで客とってんだから関係あるだろ。売上トップとドベの違いにゃこの際目を瞑れ」 反応が面白く調子に乗る。 華奢な手首を掴んで壁に縫いとめ、もったいぶってジッパーを下げ、執拗に視姦する。 「女の子みてえ」 背徳的な眺めに昂ってきた。劉は唇を噛んで俯いてる。 羞恥に赤らむ顔に嗜虐心が疼き、萎えた陰茎を指でくするぐようになぞっていく。 「んっ、く」 熱く湿った吐息が官能に震え、背筋がぞくぞくする。 「感じてんの?こうされるの好きなんだ」 「ちが、」 「ジーパンの下にやらしー紐パンはいて、エッチな汁でべとべとにしてんだろ」 「なん、で、絡むんだよ。ほっとけよ。稼ぎじゃ勝てねーしライバルってわけでもねーだろ」 「そのツラ見てるといじめたくなるんだよ」 「ツマンねーツラだよ」 「顔立ちじゃねえ、表情だよ。男を食いもんにするあばずれにもべそっかきの女の子にも見えるその顔」 おもいきり泣かせてみたい、滅茶苦茶にしたい。コイツの顔を歪ませたらどんなにか― 「童貞と処女、切るならどっち?」 「待」 「抱きたい?抱かれたい?」 「悪ふざけにしたって度がすぎんぞ」 「見たんだぜ、この前」 猛る股間を擦り付け、耳元で囁く。 「あっちの路地でヤッてたろ」 「ヤッてねえ。さわらせただけだ、ちょっとだけ」 「寸止めでお預けとか酷ェな、しまいまで面倒見てやれ」 先週の出来事。 室外機に座らされた劉は、股を広げて男を誘い込み、痩せぎすの体のあちこちをまさぐらせていた。 「何ヘルでさわらせたか言え」 デニム越しの会陰を膝で押して命じりゃ、顔を背けて答える。 「……二千ヘル」 「安っ」 瞼の裏にチラ付く光景。薄い胸板と股間を揉まれ、切なげに息を荒げる劉。最中に目が合ったのもしっかり覚えてる。 「サービス精神が足りねえ。喘げ」 「ッ、ふ」 「下着が濡れてる。びっしょりだ」 黒い布地の中が蒸れ、生臭い匂いが広がる。必死に隠してるみてえだが、劉は感じやすい。辱めや痛みを快楽にすりかえ、快感を拾うのにたけている。 「ヴァージンもらってやる」 初めて見た時からずっと付き纏ってた、包み紙と中身が別物のキャンディみてえな違和感。 コーヒー味の見た目を欺くバニラのフレーバーに酔わされ、甘くて苦いギャップの虜と化す。 「ッ、は、やめ」 「脱がさなきゃオーケー?よし」 骨の尖りが伝わる細腰を掴んで跪き、紐パンの上から竿に口付け、舌で辿りだす。唾液を吸った濡れ透け生地の内側で、陰茎がピクピクもたげていく。 「気持ち悪……」 劉はキツく目を閉じ、片手で俺の肩を掴み、片手で頭を押して抗っていた。 「あっ、ふ」 「腰が上擦ってきた」 パニックに潤む瞳に生唾を嚥下、派手な音を伴い竿を吸い立て睾丸をもみほぐす。思った通り、劉の泣き顔は最高にクる。可哀想で可愛くて滅茶苦茶にいじめてえ。 「んッ、ん」 不安定にカク付く膝が崩れ落ちるギリギリで持ち直し、また泳ぐ。 紐パンはしとどに濡れそぼり、黒い網を透かすピンクの粘膜が淫猥に映える。 紐パンに手を通し脱がす寸前、激痛が走った。 「!?痛ッ、」 目に見えない何か、細く強靭な糸が俺の手首を締め上げ、遠心力に任せて放り出す。 視界が残像を曳いてブレ、地面に打ち付けた背中に衝撃が爆ぜる。 「ただで抱く気も抱かれる気もねえ。やるんなら金出せ」 「今の、お前が」 上体を起こし絶句する。劉の顔にはうんざりした色。 「……くそだりぃ。どこへ行ってもお前みてーな手合いが沸いて巣を張れねえ」 ジーパンを引き上げ、片手を振り抜いて糸を戻す。 「構われたくねえんだよ、俺は」 「イレギュラーなのか?今のどうやったか教えろ」 見た目は普通なのにびっくりした。劉は鼻を鳴らし、荒れた唇でモルネスを啄む。 「潮時かな」 嫌な予感。 立ち上る煙を追ってひとりごち、路地を後にする劉に追い縋り、夢中で肘を掴む。 「怒ったのかよ。気に障ったんなら謝る。ただの遊びじゃん、やりすぎたのは認めっけど」 嘘だ、劉が変な技使わなけりゃ無理矢理ヤッてた。 俺の欺瞞を見透かし、逆光を背負って振り向く影に固唾を飲む。 「どこ行くんだ」 「さあな」 「よそへ移んの」 「そうさせたのはお前だろ」 「他の奴には黙っとく。だから」 「信用しろってか」 ミュータントバレしたら長居できない。白い目で見られ、追い出されんのが関の山。 「なんで最初からアブノーマルのたまり場に行かねえんだ」 「半端もんだから」 「どーゆー意味だ」 「お袋は普通の人間。蒸発した親父がミュータント」 なるほど、そっちの意味でも混血か。 外見からしてアブノーマルなミュータントには人間(ノーマル)に擬態した卑怯者と憎まれ、片やミュータント(アブノーマル)の分際で縄張りに紛れ込んだと人間に蔑まれ、追い立てられる荊の道。 「アブノーマルとよろしくやるには見た目が地味すぎるんだとさ」 誰に言われた言葉だ。自分で下した結論か。 「悪かったよ」 「遅え」 「絶対言わねえ、ばらさねえって約束する」 なりふり構わず縋り付く俺にモルネスの煙を吹きかけ、告げる。 「受け取れ。お返しだ」 俺は馬鹿だ。 フラれる段に至り漸く、俺より何もかも劣るコイツが初恋だって屈辱的な事実を思い知らされた。 「後腐れなくぶっちゃけるぜ。ドールって呼ばれるたんび吐き気がしたよ」 結局の所どっちに転んでも半端もん。 「お前のラブドールに成り下がるほど俺のヴァージンは安かねえ」 プライドを擲って、自尊心を損なって、最後に残ったのは着せ替え人形で終わらぬ意地。 「じゃあな」 「待てよ劉、組んでウリしようぜ。稼ぎが少ねえ時は分けてやる、太客斡旋してやる」 「お下がりくれんのか。優しいね」 「悪い話じゃねェだろ?アブノーマルの緊縛プレイにときめく変態は必ずいる、上手いこと客を引っ張るから一緒に」 「生理的に無理」 諦め悪く伸ばした手をあっさり撥ね付け、往来の群衆に紛れて見えなくなる。 俺は失恋した。ドールは戻ってこなかった。
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