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「よっ、と」 いつもの夜警に加え、今夜は祖父からの言い付けをきっちりとやり終えた昌浩は、自分の屋敷の塀をひょいと攀じ登る。 夜警に出ている事は彼の母である、露樹以外にはもう既にばれているため、わざわざ塀から入る必要もないと思うのだが、なんとなく、ただなんとなく、真正面の門から真夜中にずかずかと入っていくのはどうかと思うので、今はまだ、このまま塀登りを続けようと思う。 「ふぅ、さてとっ」 「晴明のところに行くのか?」 「いや、それも行かなきゃだけど、まずはちょっと俺の部屋に」 塀から自分の屋敷の庭に飛び降りた昌浩は、そそくさと祖父の部屋ではなく、彼の部屋に向かって歩きだす。本当は、一番に祖父の元へと報告にいかなければならないのかもしれないが、それよりも先に、自分には気になる事があった。 そう、自分の部屋で、今だ自分の事を寝ずに待っているかもしれない、一人の顔を思い浮かべると、自然と歩く速さも速くなる。 彼女は、何度言い聞かせても待っているのだ。自分の帰りを。時には先に眠っている事もあるが、待っている回数の方が、はるかに多い。 「今日はちょっと遅くなったから、もう寝ててほしいんだけど」 「あぁ、なるほど」 昌浩が、まず自分の部屋に向かう理由を、言葉なしに理解した物の怪は何も言わず、昌浩につづいた。
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