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「…ただいまー…」
やっと自分の部屋に辿り着いた昌浩は、そぉっと自分の部屋を覗いた。中には神燭の上に灯った、小さな光がゆらゆらとゆれている。
が、それだけだった。彼が思った一人の姿はなく、今日ここを出る前に見たかたちのままで、そのまま残っている。
「ふぅ。よかった。先に寝たみたいだな」
若干寂しさも感じたが、やはり自分を待っていて体をこわしてしまった、というのでは、どうしようもない。昌浩はほっと胸を撫で下ろした。
その刹那、さらりと風が吹いて、一つの影が顕現する。それを感じとった昌浩は、自分の部屋からくるりとそちらへ視線を移した。
「…天一か」
「お帰りなさいませ、昌浩様。ご無事でなによりです」
「ただいま。えと、彰子はもぅ寝たんだよね?」
「えぇ。つい先程、お休みになりましたよ」
「そっか」
彼の前に、まるで華の咲くような笑顔を伴って現れたのは、十二神将、天一である。最近ではいつも彰子についている天一の言葉であるため、それを聞いた昌浩は、改めて祖父の部屋へと足を向ける。
本来彰子は、この家の住人ではない。元は、大きな声では言えないが、とてつもなく身分の高い、やんごとなきお姫様なのだ。今は訳あってこの安倍宅に滞在しているが、最近ではすっかりこの暮らしに慣れてきた。むしろ、欝陶しいしきたりや習慣がなく、以前よりも楽しんでいるようにも見える。
「さて、覚悟決めるかぁ」
「いや、覚悟てほどでもないだろう」
「俺にとってそれほどの事なんだよっ」
「あー、はいはい。そうですか」
「…よし。じい様、只今戻りました」
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