開かれゆく扉

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□46.第一、第二、第三の遺跡□ 「ごめんなさい、もしかしたら僕が寝ぼけていたのかも…、だけど気になって…。その、口笛なような音を聞いたんです」 「口笛?」 「はい、それも何だか会話をしてるみたいにあっちこっちから聞こえて。凄く小さな音だったし、最初は虫の声かとも思ったんだけど、次の日も真夜中に同じような口笛が聞こえて、これは虫じゃないんじゃないかって…」 「それは何時ごろの話だい?」 「まだ外は真っ暗だったけど、多分三時とか四時とかそのくらいだったと思います」 その時、突然どぉ…っと風鳴りがして、テントが激しく揺れた。 「わっ!」 驚いたエリックがヴィクトーにしがみついてきた。 「大丈夫だ。エリック、ただの風だ」 そうは言ったものの、密林ではこんなふうに抜けるような風は珍しい。 腕の中で一層不安そうな顔をしているエリックに、何でもないよと言って安心させてやりたかったが、何故だかヴィクトーの胸もざわついていた。 ここでは何があるのか分からない。現にルイは他の隊員と共に命を落とした。 今は若輩ながらヴィクトーが隊長だ。皆の命を預かっていると思うと、改めて気が引き締まる思いだった。 この日、このエリックの疑問にヴィクトーは結論が出せないまま朝を迎えた。 早朝、隊は二班に分かれる事になった。キャンプの設営班と遺跡探索班だ。 勿論、遺跡探索にはヴィクトー、エリック、シュアンとタオ。あと三人の現地スタッフが同行することになった。 昨夜のエリックの話を聞いたヴィクトーが、用心のため武闘に覚えのある者と、様々な部族の言葉に長けた者を選んだ。 残りの四人は設営班とし、合流地点でキャンプを設営しながらヴィクトー達の遺跡班を待つこととなった。 密林の木々の隙間から差し込む光の中、散歩の足取りで進むシュアンはまるで森の妖精のように軽やかで、ヴィクトーもエリックも時折それを一服の清涼の眺めとしながら、何とかシュアンの案内で一つ目の目的地へと到着した。 そこは、木々の集合体が一本の大木を成していて、あの生と死の伽藍に何処となく似た雰囲気を醸していた。 川の流れと言うよりは遥かに小さな水の流れに添って、湿りけを帯びた土に突き刺さるようにして、丸みを帯びたピラミッドのような姿形の石碑が下草の葉影にひっそりと隠れるようにうずくまっていた。 それは三歳児が座り込んでいるくらいの大きさだった。 それを見た途端ヴィクトーは、まるで生き別れた恋人にでも再会したように、喜び満ち溢れた表情で石碑へと駆け寄っていた。 「これか…!ああ会いたかった!」 ヴィクトーは興奮に震える手で刷毛を握り、丁寧に汚れを落としていった。 するとピラミッドの三面全てにびっしりと描かれ古代文字がうっすらと浮かび上がった。 ヴィクトーは描かれたその文字を指で愛おしそうになぞりながら字面を追った。 「これだ…!やはり緑の煙突文字と同じだ…!」 ヴィクトーは興奮していた。魔女と解読に励む数ヶ月前には全く分からなかった文字が、今は所々分かる事に気がついた。 「見ろ!これは太陽を表していてこの文明を象徴している文字だよ!幾つも描いてあるぞ!メソポタミアもエジプトも沢山の古代文明では太陽神を冠しているものが多い。きっとこの文明も同じ流れを汲んでいる、或いはこの文明こそが源流かもしれん! これは小麦、男、子供…。 ああこの石碑は子供が生まれた記念日に神に捧げたのかもしれん!」 手放しで子供のようにはしゃぐヴィクトーを見ていると、その熱がこちらにまで伝染したように思えてエリックは幸せそうな笑みを浮かべていた。 「ヴィクトーの事、本当に好きなんですねエリック」 そう言われて我に返ったエリックは咄嗟に目元を朱に染めた。 声の主はシュアンだった。 彼もまた幸せそうな顔でヴィクトーを見つめていた。 同じ人の幸せをこうしてこの人も分かち合ってくれている。 以前のエリックなら嫉妬するだけだったが今はもっと違う感情が芽生えていた。 「…ごめんなさい。シュアン……」 そんな言葉が自然とエリックの口から溢れた。 「僕…、貴方のこと、…最初はとても嫌いでした。でも、今はとても僕の心に近しい人に思えます。 きっと最終的にヴィクトーが貴方を選んでも許せる気がする。 いえ、…やっぱり嫌ですけど…シュアン、貴方なら」 「大丈夫、エリック。きっとヴィクトーは貴方を選びます。 だからもう少し、待っていてください。 きっとこの遺跡の謎が解ける時、ヴィクトーと私の中から互いが消えていく。 そんな気がするんです」 「そんなーー。 貴方はそれで良いの?シュアン」 「今はまだ寂しい気持ちはありますが、きっとその時が来たら、これで良かったんだと私は納得できる」 自分の想いよりもずっと儚い宿命の恋。 羨ましさ、妬ましさ、切なさ、そして愛おしさ。 それは誰知ることのないエリックだけの複雑な想いだった。 いったい神様はこの絡み合った恋模様にどうピリオドを打つつもりでいるのか。 今はまだ謎のままだ。 この日は天気も良く、全てが順調だった。 この石碑から少し離れたところに第ニの遺跡があった。 開けた場所に大きな円形の石板が幾つか転がっており、文字の刻まれた石板は半分以上土に埋まっていた。 それを掘り起こして僕らはそこに描かれた文字を写し取っていった。 タオはヴィクトーに頼まれて資料の写真を撮りまくっていた。 脇に流れる細い川沿を行くと、そこには第三の遺跡が密林の中にぬっと黒い塊のように現れた。 そこは不自然に四角い石が乱雑に積み上がった場所で、周囲をぐるりと見て回ると、その中の一つの石に、文字が刻まれていた。 恐らく後世の何れかの文明が、何らかの建造物を建てるため石をここに運び入れ、その後どう言う訳が頓挫してそのまま放置されてしまった。そんなふうに見える場所だった。 「シュアンはどうしてこんなにこの遺跡の場所を知ってるんだ?考古学者のオレの親父が必死に探し回っても見つけられなかったのに」 遺跡の文字をトレースしながらヴィクトーはずっと疑問だったことをシュアンに尋ねた。 「……、ああええと…」 長い沈黙が、彼にとってあまり良い記憶では無いことを物語っているようで、ヴィクトーは少し躊躇った。 「あ、ああ…すまん。言いにくい話しなら…」 「ああ、いえ、今はもうなんとも思ってはいないので話せます…。覚えてますか?私が自らの男根を切り落とした話」 以前、彼から聞いた時にはヴィクトーも衝撃を受けたあの忌まわしい出来事。 フランス兵に愛する兄の目の前で犯され、正気を失い自暴自棄になった彼が、自らの男根を切り落としたと言うあの痛ましい出来事。 その後、あの緑の煙突の中で、箱に入れられた男根は何故か今でも瑞々しいまま箱の中で保たれてる。 それと遺跡とがどう関わっているというのだろう。
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