開かれゆく扉

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□48.三悪人の頭上□ 「押し売りじゃありませんからご安心を」 そう言いながらもエッカーマンはグリンダの遥か上から首を伸ばし、挙動不審な様子で部屋の中を見回していた。 「ちょっと!何を見てるんだい!」 エッカーマンの視線を遮るように、グリンダが右に動けばエッカーマンは左に、グリンダが左に動けば今度は右へとグリンダの背後に散らばる本やら書類やらをエッカーマンの目が狙いを定めていた。 「おやおや、あれは考古学の本じゃないですか?私も考古学には些か興味がありましてね」 エッカーマンは見え見えな嘘をつきながら、グリンダを押し退けるようにずかずかと部屋の中へと入り込んで来た。 足元に散らばるものをひと眺めし、古代文字の書かれた一枚を拾い上げては意味ありげな笑みを浮かべてグリンダにヒラヒラと見せた。 「勉強熱心なんですなあ!もしかしてこりゃあ古代文字ってやつじゃあ無いですかな?」 そのあからさまに不審な態度に、グリンダはしまったと思った。 未知の古代文字を手にした者は必ず誰かに狙われる。過去にも謎解きをめぐって殺人まで起きている。 それは未知の文字を手にしてしまった者の宿命だ。 こんな事もあると充分予見できたはずなのに。 グリンダは己が歳をとったことを今更思い知った。 「返しとくれっ!アンタには関係ないだろう?」 グリンダはさっと男の手から古代文字の書かれた紙を抜き取った。 「年寄りは暇なもんでね、難しい事を考えるのは老化防止さ。さあさあ、帰りな!」 そう言うと、グリンダはエッカーマンを追い出そうと彼の腕辺りに手を伸ばした。 「おっと、手ぶらじゃ帰れねえなあ。 ばあさん、ヴィクトーって奴を知ってるよな?」 「うっ」とグリンダが僅に怯む。 そこへつけ込むように、エッカーマンの声色とその態度が変わり始めた。 眼光鋭くグリンダを睨み、押し売りよりももっと悪辣な態度でグリンダに怒鳴り散らした。 「おい、ババア!ヴィクトーの居場所を知っているんだろう?エリックって名前のガキを連れた考古学者なんて、このハノイにそうそういるもんじゃない。もしやこの家に住んでるんじゃねえか?」 そう言って、階段を上がって行こうとするエッカーマンの腕を慌ててグリンダが引き留めた。 「的外れもいいところだよ!ヴィクトーもエリックもここには居ないよ!ーー…あっ!っいたたたた!何をするんだ!」 グリンダの伸ばした腕は強い力で捻り上られグリンダは痛みに悲鳴を上げた。 「嘘をつくなよ?ババア!じゃあなんであんなもんがここにあるんだ!年寄りが読むような本じゃねえぞ!」 「年寄りだと思って馬鹿にしなさんなっ、私は言語学者だよ!…ヒアアッ!」 グリンダが痛みに顔を歪めると、事の成り行きを見ていたジョルダンは神父の心が僅に残っているのか、その乱暴な所業に慌てた。 「お、おい、年寄りに乱暴はいかんよっ、乱暴は…っ、痛がってるじゃないか…、は、離してやりなさい…っ」 弱々しく抗議しながら狼藉を止めようとエッカーマンの腕に取り縋ったが、瞬殺で薙ぎ払われた。 軽いジョルダンはすっ飛ばされて体を強く壁に打ち付け床に転がった。 「黙れ!ジジイ!邪魔をすると貴様もブチ殺すぞ!」 エッカーマンにとってはヴィクトーの居場所さえわかればそれで良い。 所詮にわかの仲間など、エッカーマンにとっては取るに足らない存在なのだ。 事が終われば殺そうとさえ思っていたくらいだ。 惨めに床に転がるジョルダンの背中をエッカーマンが蹴りつけた。 「ギャン!」と犬のようにジョルダンはひと鳴きしてうずくまりブルブルと震えていた。 エッカーマンがもう一発蹴り上げようとした時、グリンダがたまらずに叫んだ。 「お生憎さまだったねえ!ヴィクトーは今は密林地帯だよ!いくら探したってこの街には居ないよ!」 それを聞いたエッカーマンは、グリンダをジョルダンのうずくまる場所へと投げ飛ばした。 「なるほどねえ、それが本当なら、二人とも纏めて用済みだな。なに、この紙切れは俺が頂いてやるから安心しろ」 そう言うが早いか、エッカーマンは懐から銃を取り出し二人に銃口を向けた。 「良かったな神父と一緒に死ねるなんて、あの世でコイツにお祈りを唱えてもらうんだな」 撃鉄が上がった瞬間、グリンダが叫んだ。 「私を殺したら、あそこに何が書いてあるのか永久に分からなくなるよ!それでもいいのかい?!え?!」 寸でのところで引き金を引こうとするエッカーマンの指が止まった。 「ばあさん、アレが読めるのか」 そうだあともう一押し。 グリンダは窮地で策を弄していた。 「ああそうさ!読めるも何も、私は言語学者だって言ったろう? ヴィクトーでも誰でもない。この私がアレを解読しているのさ! 私を助けてくれたら、碑文は私が解読してやるよ。なんて書いてあるのか気にならないのかい?アンタそれが欲しいんだろう? 財宝の在り方かも知れないし、未知の力が手に入るかも知れない。それをみすみす棒に振ってもいいのかい?」 とにかく今は助かることが先決だ。 (そそのか)すような声色を使い、グリンダはエッカーマンを懐柔しようと試みていた。 慎重にエッカーマンの顔色を伺いながら…。 そんな緊張感に耐えきれず、グリンダの体の下で怯えていたジェルダンは、その場を脱兎の如く逃げ出した。 「ウワァァーー!!」 パンパン! 乾いた音が鳴り響き、開きっぱなしのドアに向かって走るジョルダンに向かって銃は撃たれた。 だが弾は外れたらしく、そのままジョルダンは逃げて行く。 「チッ!」と舌打ちしてエッカーマンはもう二発撃ったがジョルダンの悪運は強かった。 この時初めてジョルダンはこのエッカーマンの残忍な本性が分かったのだった。 振り返り振り返り逃げながら、まるで念仏のように声を震わせジョルダンは呟いていた。 「えらいことになった!どえらいもんと(つる)んじまった!…殺される…!コロサレル…!」 だがエッカーマンから命からがら逃げたとしても、次には天使がジョルダンを待ち構えている。 どっちにしても彼は苦難から逃れられそうに無かった。 神は見ているのだこの男の行いを。 ◆◆◆ グリンダが災難に遭っているこの日、企てを巡らせている者がここにもう一人いた。 夕暮れの窓辺で暮れゆく空を眺めながら極東学院の一室では、学院長が二人の男達からの報告を受けていた。 「そうか、タオが密林に行ったか。さてさていったい何が出てくるか…」  そう言う学院長の脂下がった笑みが、ガラス窓に禍々しく浮かび上がっていた。 「お前たちも彼を追って密林へ行け。秘密裏にヤツに接触して誰よりも先に、一刻でも早く『化け物の棺』の情報を持ち帰って来るんだ。そうすれば、約束通り、卒業までのお前たちの授業料は免除しよう」 これが学院長のいつものやり口だった。最初はこんな風にタオも学院長に囁かれたのだ。 極東学院の手足になって働けば、親の金などあてにしなくても卒業させてやると。 ここにもまた、新たなるタオが学院長の張り巡らせた蜘蛛の糸に絡まろうとしていた。 二人の学生たちはペコペコと学院長に頭を下げながら、必ずや情報を持って帰りますと、心らの誓いを立てて部屋を出て行ったのだった。 誰もいなくなった室内に、学院長の呟きだけが陰湿に響いていた。 「くくっ、私の手足など、切っても切っても生えて来る」 エッカーマン、ジョルダン、そして極東学院の委員長。 三悪人の頭上には等しく天罰が待ち構えている。 いったいそれは誰の頭上に降るだろうか。
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