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□53.その合言葉は…□
第53話 その合言葉は…
ヴィクトー達を取り囲む謎の部族はまるで品定めでもするかのように、四人を眺めて囀っていた。
不気味ではあったが、暴力的な手段に出てこないところを見ると、好戦的な民族ではないのかもしれない。
ヴィクトーは警戒した眼差しで彼等を見渡していたが、その一方で冷静になっていく己に気がついた。
このままでは埒が開かないと思ったヴィクトーが突破口を開こうと彼らに話しかけてみた。
「オレ達は貴方達の敵ではない!敵ではないんだ!」
言葉が通じないのは分かりきってきたが、身振り手振りを交え、単純な言葉を繰り返し繰り返し切々と訴えてみた。
タオもエリックもシュアンも胸に手を当ててヴィクトーの言葉に頷き、四人も彼らに真摯な眼差しを向けていた。
どうか分かって欲しいと願いながら。
自分達を値踏みしているような眼差しと沈黙の続く中、一人の男が四人の前に進み出て来た。
この中の誰よりも背が低く
腰が僅かに曲がっていることから老人なのだと言う事が推測できた。
緊張の面持ちの中、男はヴィクトーの唇を指差し、何か話せとも思えるような仕草をして見せた。
言葉は通じなくとも彼が何を言おうとしているかヴィクトーは分かった気がした。
「何か…話せと言っているのか?」
だが何を…。
困惑していると、今度は男は後ろを向いて仲間達に何か囀った。
すると矢庭に、ざっ!と人だかりが左右に分かれた。
「あ…!」
思わず皆が揃って声を上げていた。
今まで男達に塞がれて分からなかったが、岩肌にぽっかりとした黒い穴が口を開けていたのだ。
それは洞窟の入り口と言っても良い。
思いがけず、洞窟に続く道が出来たかのようなその光景に皆が息を呑んでいた。
「この洞窟は…何ですか…」
そう言うヴィクトーに、再び男はさっきと同じ仕草を繰り返し、その穴へ入れと言わんばかりに洞窟を指を差したのだ。
これは行けということなのか?
ヴィクトー達はゆらりと立ち上がると、自然と足が洞窟へ吸い寄せられた。
ぽっかりと開いた口は真っ暗で、皆を誘うようにも見えるが、同時に禍々しさが生暖かい微風となって、頬の産毛を撫でて行った。
ゴクリと皆の生唾を呑む音が聞こえた。
「こ、この中に入るんですか?地獄や奈落が待っているかもしれませんよ!」
エリックの声は震えていた。
これを見たら誰しもがそう思っただろう。洞窟を目の前に四人の足は竦んでいた。
ところがである、そんな四人を尻目に部族の男達がゾロゾロと中へと入っていくではないか。
「これは…、ヴィクトー、やはり僕たちに来いって言ってるんですよ!」
シュアンの言葉に恐らく皆異論はなかったのだろう。
男達に続いて中に入って行こうと足を踏み入れた時だった。
屈強そうな二人の男達が長い棒を交差させ、行く手を阻んだのである。
この洞窟の門番なのだろうか。
まるで彼等は金閣銀閣、風神雷神、阿行吽行の如く立ちはだかった。
「え?中に、入れって事じゃないのか?」
まるで合点がいかない。
あれはやはりこの中に入れと言う仕草ではなかったのか?
そう考えている間も男達は洞窟の奥へと進んでいく。
松明の明かりが次第に遠のいて行くのが分かった。
「早く中に入らないと!ボク達、置いて行かれてしまう!」
慌てたタオが中に入ろうとすると、門番に弾き飛ばされてしまった。
門番は相変わらず何かを言えと言う仕草を繰り返していた。
「何か言えって、一体なんだよ!」
地面に尻餅をついたタオを助け起こしながらヴィクトーの頭は混乱を極めていた。
その時ふと、ヴィクトーは思いついた。
「合言葉…。そうか、合言葉じゃ無いか?合言葉を言えば通してやるって事なんじゃ…」
皆が顔を見合わせた。
そうは言っても合言葉など知る由もない。
「開けゴマとか、山と川とか、ほらなんか出せ!」
「う、ウサギと亀!」
「凸デコと凹ボコ?」
「アブラカダブラ!」
次々と適当に叫ぶが直ぐにネタは尽きてしまった。
「ああ!もうこんな謎々嫌いだ!」
頭を抱えてそうエリックが泣き言を言った時、門番が何かに反応してこちらを見た気がした。
うん?なんだ?
「なあ、エリック、もう一度今の言ってくれ!」
「え?今の?…今のって、もうこんな謎々嫌だ?」
だが今度は門番に何の反応も示さない。
「いや違うよ!こんな謎々嫌だじゃなくて…嫌いだ…って言ってなかった?」
そう言った途端、再び門番がこちらを見た。
「え?なに…キライ…なのか?」
一斉に皆んな口々に「キライ」と言う言葉を連呼していた。
門番は確かにじっとこちらを見ていたが、通してくれるような素振りはない。
だが、キライという言葉には確かに反応してるのだ。
「いったい何がキライだって言うんだよ…!」
暫くやるせない沈黙が続いた後、タオがポツリと言ったのだ。
「…フランス人はキライ…」
◆◆◆
一方、密林にいち早く入っていたのは学院長だった。
財力と権力に物を合わせ、探索と言うには余りにも大人数を引き連れていた。
学院生は勿論のこと、フランス軍まで投入し、自分は歩くことなく輿を持ち込み、現地の人々に担いで貰っての密林探索だった。
「この密林の何処かにヴィクトー達がいる、早くそこへ連れて行け!」
その号令のもと、大勢の軍靴が密林を踏み荒らして進んでいく。
邪魔になる木を無造作に切倒し、川を踏み荒らして隊は前へ前へと進んでいた。
それを追うように単独でヴィクトー達を目指していたのがエッカーマンだ。
エッカーマンは学院長よりも優位な立場だった。
何せグリンダが残したヴィクトーの日程とキャンプ予定地が記された地図があったからだ。
呑気に焚き火を焚いて獣を撃っては食料とし、単独の身軽さで学院長達の隊に追いついていた。
だが、エッカーマンにしてみればこの極東学院の巨大な隊がいることは寝耳に水だったのだ。
「何だ?あいつらは…フランス軍だと?!くそっ!あいつらも『化け物の棺』を狙ってやがるのか!」
物陰から隊を見ていたエッカーマンはフランス軍の旗がはためいている事に気がついたのだ。
祖国ドイツを苦しめただけでなく、こうしてまたもや自分の行手を阻むのか。
エッカーマンの中の挫折と屈辱が再び脳裏に赤黒いマグマのように蘇っていた。
身を潜めた大樹の陰で、エッカーマンは怒りに身体が震えるのを禁じ得ずにいた。
「フランスめ!いっつもいっつも横から人のモンを掠め取りやがって!そうはさせてたまるものか!」
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