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邂逅
□54.力強い歩みで□
第54話 力強い歩みで
エッカーマンと学院長の間も緊迫していたかもしれ無いが、ヴィクトー達も緊迫した場面を迎えていた。
「フランス人は嫌い」
洞窟の門前で、そう何気に呟いたタオに門番二人が今まで以上の反応を示していたのだ。
そう、エブラール邸で飼っていたあのオウムの宣のたまわった言葉だ。
そう言えば、とエリックがハッと顔を上げた。
「最初にあのオウムに会った時はビックリしました、オウムに出て行け!って言われて…」
門番の顔色を注意深く見ていたヴィクトーが、今一度「出て行け!」と言ってはみたがそれには反応せず、相変わらず「フランス人は嫌い」と言う言葉に強く反応する何とも不可解な成り行きだった。
「そう言えば、ライは最初はヴィクトーのお父さんの鞄を狙っていましたよね?『青嵐』の前頭の遺品を取り返したいって…。その人があのオウムを飼っていたんですよね?そしてこうも言ってました。その人は『化け物の棺』を欲しがっていたって…」
タオの言葉に皆んなが目を見合わせた。
「あのオウムの名前…なんて言いましたっけ?」
エリックがそう言うと、すかさずヴィクトーが答えた。
「ムォイだ。ベトナム語の10と言う意味だからよく覚えていたんだが…」
その時、乾いた砂利を踏みしだく音がした。
門番の二人が一歩後ずさる音だった。
見れば二人揃ってこちらを注視しているが、棒は交差したままヴィクトー達を通す気配はない。
ヴィクトーはもどかしさに髪をかきむしった。
「あぁぁ〜!単語だけじゃだめなのか!クソっ!文章にしないとだめなのか?
フランス人が嫌いな10…10…なんだ…フランス人が嫌いな10羽のオウム。フランス人は10羽のオウムが嫌い!」
明かりが見えるのに辿り着け無い。
もどかしさだけが募るばかりだった。
さっきまでは朝だと思っていたのに、お日様はもう天高く昇っていた。
四人がヘトヘトになった頃、その時は突然訪れた。
「フランス人が嫌いな十番目のオウム!」
そう誰かが叫んだ時の事だ。それまで不動だった門番が、漸く入り口を強固に守るその長い棒をゆっくりと上げたのだ。
「当たった…、当たったんだ…!」
この合言葉に費やした半日を短いと取るか長いと取るか、いやそもそもこんな言葉を当てた事はほとんど奇跡じゃないかと皆は思った。
四人とも喜びよりも疲れの方が優っていたが、兎も角これで漸く洞窟の中へ入ることが許されたのだった。
真昼の明るさなどまるで関係がない洞窟は真っ暗で、明かりひとつも点されてはい無い。
門番から分けて貰った火種で松明を灯しながらヴィクトー達四人と現地スタッフ三人が決意を固めて洞窟内部へと入って行く。
中はひんやりとして前方から空気が流れてくるのがわかった。
洞窟の壁は手掘りで掘り進めた跡がある。
誰が何のためにこんな洞窟を掘ったのだろう。
洞窟は人間が二列に並んで歩くには十分な広さがあるが、松明の明かりが届く範囲には出口などは見当たらない。
本当にこの先に行けば目指す遺跡があるのだろうか。
昨夜この洞窟に吸い込まれていったあの男達はどこへ行ったんだろう。
禍々しい物が待ち構えているのではないか。
あるいは地の果てと言う場所にでも辿り着くのではないか。
黙々と歩く道すがら、皆の脳裏には不安ばかりが去来していた。
そんな時、タオが口を開いた。
「我々の探しているのは『化け物の棺』が何かって事ですよね?…よもや本物の化け物が待ち構えているなんて事は無いんでしょうか」
その言葉に皆の足が止まった。
「まさかとは思うが違うとも言い切れん。だが、だとしてもオレは確かめねばならないんだ。今更だがここで引き返したい奴はいるか?そうしたければ咎めはし無い」
ヴィクトーは決然と言うと、皆の答えを待ったが誰も引き返そうとは言い出さなかった。
再び皆は黙って進み始めたが、果てしなく続くように感じる道は時折大きく蛇行したり急な高低差があったりもした。
行けども行けども出口の光が見え無いのは恐らくはそのせいなのかもしれ無い。
そう思い始めた頃、いきなり道が二手に分かれた。
「…どっちだと思う」
ヴィクトーは全員の顔を見渡したが、誰もこちらだと確信の持てる人間などいるはずもない。
ここで道を間違えたら取り返しのつかない事になるのではないか。
そう思うと隊のリーダーであるヴィクトーすら道を決めかねていた。
「ぁ、…紫の蝶が…」
最初にそれを見つけたのはシュアンだった。
その声にヴィクトーが顔を上げた時、紫色の蝶が何処からとも無く、すうっ…と皆の目の前を過ぎった。
それはまるで道案内をしているかのように、右の通路へと漂いながら闇に吸い込まれた。
これまで何度となく道を指し示してくれた紫の蝶。
誰も異論なく右の洞窟へと進んでいた。
◆◆◆
さて密林では一番先を行くのが学院長。そしてその後ろをひたひたと様子を伺いながらエッカーマンが、そして何も知らないジョルダンが更にその後ろからヨロヨロと危なっかしい歩みでやって来ていた。
だが、彼らとは全く別のルートでヴィクトー達を目指す二人がいた。
「ああ臭い!まさかこの歳で象に乗るとは思わなかったよ!」
心底嫌そうにグリンダは顔を顰めた。
「すみません、マダム。でも、貴女を連れて来るとなるとこう言う方法しか思い浮かばなかったんです。
でも、何よりも頼もしいではないでは無いですかな?」
グリンダとエルネストは何と象の背中に揺られて密林へとやって来ていたのだ。
牛車の次は象。よくよく動物に助けられている二人である。
二人は象の背中に木で作られた輿に乗り、さっきから象の頭の上に集って来る蝿をグリンダが嫌そうに鞭で追い払っていた。
幸いにもエルネストは現地の人との交渉事には困らない。
だがヴィクトー達の探検に散財したばかりで今は無け無しの財をはたいて象使いの少年二人と幾人かの現地の人、そして頼もしい二頭の象を雇ったのだ。
「こんな密林、私たちの足では到底ヴィクトー達に辿り着けませんからな。
もう彼らは最後の遺跡に辿り着いているかもしれません」
「アンタにおんぶに抱っこでは文句も言えやしないね」
「まあマダム、パパイヤで喉を潤しませんか?」
象使いの少年が通りすがりに見つけたパパイヤを割って二人に手渡して来た。
「おやまあ、美味しそうだねえ、ちょうど喉が渇いていたんだ」
まるで観光気分の二人だったが、象の歩みは思ったよりも力強く、流れる川も畝る木の根もものともせず、二人を乗せて進んでいたのだった。
その頃ヴィクトー達のいる洞窟に、漸く出口の光明が差し込んでいた。
この先に何が待ち構えているのか期待と不安を膨らませながら、ヴィクトー達の歩みもまた力強く光の中へ踏み出していた。
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