10 文芸クラス

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10 文芸クラス

「ううう、足痛い……。真維、柚花、一旦生徒会室で休憩しない?」 階段を上がる足が、どんどん遅くなっていく千鶴先輩。 「ダメですよ〜。ほら、最後は文芸クラス!」 私は、千鶴先輩の腕を引いて歩く。 「千鶴先輩、意外と体力ないんですね……」 柚花ちゃんも、階段を上がりながらぼそっと一言。 「…………会長をからかったら、後で痛い目に遭うぞぉ……」 痛いところをつかれたのか、千鶴先輩は半眼になる。 そして、キッと勇ましく前を向いた。 「私だって、まだやれるぞー!」 うおおおっと勢いよく、階段を駆け上がる千鶴先輩。 「……千鶴先輩、かわいいね」 「うん。子供みたい」 頂上まであと三段ってとこでバテてる千鶴先輩を迎えに行くために、私たちは一緒に階段を駆け上がった。 「文芸クラスは、みんなの短歌集と俳句をまとめたのを出すつもりです。あと、個人で小説とかも」 目の前に座っているのは、二年五組文芸クラス長の、文夏(ふみか)先輩。 黒いボブカットの髪型で、目元がスッとしててすごくカッコいい女子の先輩だ。 文芸クラスは、他の四クラスもある廊下の一番奥に教室がある。 椅子を出してきてくれて、四人で廊下に座って聞き込み調査だ。 「ふむふむ。じゃあ、文芸クラスも全員参加の意向で?」 千鶴先輩も、さっきの情けなさはどこへやら、真面目に質問。 さっきとの変わりように、思わず笑っちゃそうになる。 「…………いや、」 真っ直ぐと、千鶴先輩の目を見つめてた文夏先輩が、一瞬顔を曇らせた。 「私以外は、全員参加の意向で」 メモしてた私の手が、止まった。 ハッキリと言い切った文夏先輩は、まだ真っ直ぐな目で千鶴先輩を見つめてる。 「…………え?あなたは、出る気ないの?」 千鶴先輩が、豆鉄砲を喰らったような顔で文夏先輩を見た。 だけど、至って真面目な顔でうなずく文夏先輩。 「はい」 「……え、本気?」 「はい」 「…………そう……」 文夏先輩は、曇りなき眼。冗談……とかじゃ、ないんだよね? 今までの他のクラスの熱気を見てきたから、余計に疑問の念が生じる。 文夏先輩、クラス長で、きっとみんなから尊敬されてるし、実力だってすごいはずなのに。 なんで…………? だけど、そんなことを聞ける雰囲気じゃない。 私は、何ともなかったように取り繕って質問する千鶴先輩を、メモすることも忘れてただただ見つめていた。 「自ら辞退する人がいるなんて……」 文芸クラスでの質問を終えて、廊下に出た私たち。 まだ驚いてるわたしの横に、柚花ちゃんが並ぶ。 「そんなに、珍しいことなんですか?」 柚花ちゃんが、前を歩く千鶴先輩に目を向けた。 「いや、珍しいっていうか……。前も言ったけど、桃中生の青春は芸術発表会だからさ。そりゃ選抜で選ばれた人しか出場できないけど、そのチャンスを自ら放棄するのはもったいないなぁって。それに、彼女は文芸クラスのクラス長さんだし」 難しく語る千鶴先輩に、柚花ちゃんは「そうですか……」と声を小さくした。 「自信なくしちゃったのかもね」 「うん……。クラス長って、責任すごそうだしね」 初めて会った私が言うのもアレだけど、絶対に出た方が良いと思うのにな……。 でも、とてもじゃないけど、後輩の私なんかが文夏先輩の前では言えない。 だけど、きっと千鶴先輩なら……。 千鶴先輩を見上げると、先輩は複雑な笑みを浮かべていた。 「文夏ちゃんのことも心配だけど、彼女一人だけのことを考えてる暇もないからね。とにかく、今日聞き込みしたメモをまとめなきゃ」 千鶴先輩の言葉に、私は落ち着かない心をしずませる。 ……そうだ。今日の聞き込み調査の目的は、芸術発表会の参加団体問題への解決方法を探すこと。 文夏先輩のことは腑に落ちないけど、まずはメモした情報をまとめて、解決策を考えなきゃ。 「二年生が練習してるところ初めて見ましたけど、どのクラスも本格的ですごかったですね」 柚花ちゃんの声に、私はうなずく。 今日、全クラスまわってみて思ったけど、どのクラスもみんな真剣に取り組んでる。 明日の中間発表がどれだけ大切なものかは分からないけど、みんな一生懸命頑張ってた。 だけど、今年出場できるのは学校で一団体。 あの五クラスの中から、選抜で選ばれるのは一クラスになるのか……。 そこをなんとか、どうにかならないかな……と考え込んでたら、千鶴先輩が立ち止まった。 「真維、柚花。今日は疲れたでしょ。メモは私がまとめとくから、今日はもう帰りな」 千鶴先輩は、私と柚花ちゃんが書いたメモを回収する。 「えっ、でも……」 言葉を言いかけた私を振り返って、千鶴先輩はなだめるように笑う。 「明日は、香恋と颯天が中間発表で忙しいと思うから、活動はなし。また明後日、生徒会室でね。二人とも、今日は活動日じゃないのに来てくれてありがと」 そして、何も言えなかった私たちを置いて、一人で階段を上っていってしまった。
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