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5 生徒会役員会議のはじまり
昨日は色々あったけど、今日は、月に一度の生徒会役員会議の日。
放課後すぐに生徒会室に集まった私と柚花ちゃんだけど、先輩たちはもう全員揃ってた。
そして、何やら机に広げた紙を一枚一枚手に取って考え込んでる。
「あっ。これ、意見箱の意見用紙ですか?」
職員室の前に、回収ボックスが置いてあるやつだ。
机に近付いてみたら、書き込む用紙がいっぱい広がってる。
「そーそー。真維、よく分かったね」
千鶴先輩がニコッと笑った。
先輩、最近は私と柚花ちゃんのことも先輩たちみたいに呼び捨てで呼んでくれるんだ。
なんか親近感わいたみたいで、嬉しい。
……だけどやっぱり、私と柚花ちゃんの今の雰囲気は、良いとは言えない。
昨日はあれからほとんど話さなかったし、今日もクラスが違うからか教室でも会うことなく、今を迎えてる。
……柚花ちゃんは怒ってる訳じゃないんだけど、なんだかいつもみたいに会話ができない。
昨日の件は明らかに私が悪いし、それについてお互いに謝ったし、解決してるはずなんだけど……。
なんか噛み合わないものが生まれて、それが上手くハマってない感じ。
どうすればいいか分からず、なんとなく流されている。
「意見箱、どんなのが多いんですか?」
無意識にずっと眺めてしまっていたら、柚花ちゃんは紙を覗き込む。
私も、気持ちを切り替えるため、間近にあった紙を手に取って見てみる。
『芸術発表会、全クラスが参加することってできないんですか?』
『大会、音楽クラスが出たいですー!!』
『生徒会長がいる演劇クラスが優先されるんじゃないですか?そうですよね?』
わああ。見てるのは紙なのに、なんか熱気がすごいぞ。
……それに、これ、意見箱っていうよりもはや脅迫……。
「ね?すごいでしょ」
颯天先輩が、苦笑いした。
「例年この時期は芸術発表会要望が多いから、それに関して生徒会の特別会議も増えますけど。今年はちょっと訳ありですよね……」
香恋先輩も腕を組んで考えにふけってる。
わたしも柚花ちゃんもいくつか紙を見て、紙から溢れ出る熱意に圧倒されてテーブルに置いちゃう。
難しい空気が流れる生徒会室。
「…………よし。考えよう!」
千鶴先輩が、手をパンッと合わせて私たちを見回した。
「考える……って、何をですか?」
私は、ポカンと先輩の方に首を向ける。
「そんなの決まってるじゃん!芸術発表会に二年生の全クラスが出場する方法だよ」
千鶴先輩は早速、机の上の意見用紙を片付け始めた。
すぐに、それに続く二年生。
私も慌ててそれを手伝いながら、「でも」と付け足した。
「学校の偉い人たちが決めたことは、もう覆らないのでは……?」
学校側が今年は一団体って決めたのに、今さら全クラス出場……なんてことは出来ないし、これは無理があるんじゃ……。
「真維」
そしたら、千鶴先輩が真っ直ぐ私の方を見た。
その目に、私は作業の手を止める。
「難しい要望でも、生徒の意見をなるべく実現するのが私たち生徒会役員だよ。最初から、諦めちゃダメだ」
生徒会長の、真剣な熱い、情熱に満ちた視線。
昨日、柚花ちゃんに向けられた時の視線と、すごく似ている。
私は、あっ———と、胸に何かストンと落ちたような気がした。
今の私の考え方じゃ、甘かったのかもしれない。
熱意とやる気だけで生徒会に入っちゃったけど、生徒会の本当の役割を理解していなかったのかも。
何のために、生徒会があるのか。誰のために、生徒会があるのか。
……それをちゃんと分からなきゃ、この先みんなについていけない。
私は、「はい」と強くうなずく。
千鶴先輩は、優しく笑って私の肩をポンとたたいた。颯天先輩も、香恋先輩もだ。
「……柚花ちゃん」
私が声かけると、黙っていた柚花ちゃんはパッとこっちを向き、視線を合わせてくれた。
「……私、まだ生徒会のことよく分かっていなくて、柚花ちゃんみたいに上手く考えられないかもしれない。だけど生徒会として、もっと生徒のためにできることを考えていく。だから……、柚花ちゃんと一緒に、頑張りたい。唯一の同学年だから」
目をまっすぐ見て真剣に伝えると、彼女は眼鏡の奥の瞳をキラッと強く光らせた。
「…………うんっ。私も、ああやってたまに暴走しちゃうことあるから。お互い助け合って、頑張ろう!」
私の言葉が、ちゃんと届いた。
久しぶりにちゃんと正面から向き合えて、私は嬉しさにみるみる笑顔になっていく。
「ありがとう!」
私も、柚花ちゃんみたいに目を強く光らせた。
来客用のソファに、千鶴先輩以外が横並びで座った。
ホワイトボードには、でかでかと『芸術発表会の参加団体問題』と書かれてる。
千鶴先輩がリーダーとなって、第一回生徒会役員会議が始まったんだ。
「議題はみんな分かってると思うけど、芸術発表会の参加団体問題ね」
と、柚花ちゃんが「はいっ」と手を挙げた。
「ほい、柚花。どうぞ」
「えっと。参加団体は、今年から一つだけになったんですよね?もしかして、それって学校のお金絡みの問題なんじゃ……?」
生徒会財務担当の、柚花ちゃんらしい意見だ。
「あーっ。確かに。学校側の予算問題はあるかもね」
「なら、私事務室に行って今年度の予算案の紙もらってきます!」
香恋先輩が立ち上がって、生徒会室を出て行った。
「学校の予算問題は、それこそ生徒会じゃどうしようもないよね。それ以外のところから解決の糸口を探さないと……」
千鶴先輩は、ホワイトボードとにらめっこ。
私も、何か意見を出さないと……。
「……あっ。これ、大会だから賞とか何か順位を付けるものがあるんですよね?」
映像で、成績発表みたいなのをしているところを見た気がする。
「うん。そうだよ」
颯天先輩がうなずいた。
「なら、歴代の先輩たちがどの賞を受賞してるかを調べて、一番入賞の見込みのあるクラスを出場させるのは?」
だけど、千鶴先輩は、「うーん」とあんまり浮かない顔。
「その意見はごもっともなんだけど、実は大体毎年どのクラスも賞はとってるんだよね」
千鶴はホワイトボードに何かを書き始めた。
演劇クラス、音楽クラス、美術クラス、舞踊クラス、文芸クラスの、うちの学校の五つのクラス名だ。
その横に、賞の名前を書いていく。
「去年は文芸クラスが優秀賞で、それが一番良い賞だったかな」
だけどその他のクラスも、奨励賞だったり、都知事奨励賞だったり、何かしら賞は受賞してるみたいだ。
「じゃあ今年は、文芸クラスが出場……?」
「でもね、文芸クラスは去年、三年ぶりに章を受賞したんだ。この時のクラス長が徹ちゃんだったからさ」
前に会った、徹夜の徹ちゃん先輩。徹ちゃん先輩、すごい先輩だったんだ……!
「去年良い賞だったからって、今年確実に良い賞が取れるかは分からないよ。それに、賞を取れるかどうかは、二年の新クラスがどれだけ団結できるかにかかってるからね。しかも、それだと一クラスしか出場できないしね」
そっか。それじゃあ、全クラス出場したいっていうみんなの意見は達成できない。
千鶴先輩のお言葉に、私はまた「うーん…………」と考えが振り出しに戻った。
「ただいまです〜」
そこへ、香恋先輩が戻ってきた。考えにつまってた生徒会室の重い雰囲気が、一瞬軽くなる。
「おかえり、香恋。どうだった?」
「柚花ちゃんの予想が、ビンゴでした。今年度の芸術発表会の予算案、去年より半分以上カットされてます」
香恋先輩が持って帰ってきてくれた二枚の予算案の紙。去年のやつと、今年のやつだ。
みんなで覗き込むと、本当だっ。去年より、めちゃくちゃ予算の額が少ない!
「あー……。本当だね。学校の予算は勝手に使うわけにはいかないからなぁ」
千鶴先輩がホワイトボードに、『予算を増やすことはできない』と書き足した。
「じゃあ、予算問題に引っかからないで、どのクラスも納得する出場方法を考えなきゃいけないんですね」
颯天先輩の言葉に、四人は一斉に顔を固くした。
……それ、めちゃくちゃ難しいじゃん!
「考えてダメなら、行動してみるか」
千鶴先輩が、ぼそっとつぶやいた。
「明日の放課後、一年生の二人は時間ある?」
千鶴先輩が、私と柚花ちゃんを順番に見た。
「空いてます!」
「私も大丈夫です」
二人揃って、大きくうなずく。
「よし。じゃあ、明日の放課後また生徒会室に来て。それで、二年生の各クラスに聞き込みに行こう。出場に関して、どうしたいか」
おお……!二年生の先輩のクラスに、聞き込み……!
私はこんな時にワクワクしてきちゃって、柚花ちゃんの方を見た。柚花ちゃんも、すごく嬉しそうな顔をしてる。
「でも会長。明日の放課後は、二年のどのクラスも作品中間発表の準備で忙しいですよ。話聞いてくれるかな……」
「私も、明日は提出作品の最終調整したいです……」
颯天先輩と香恋先輩が、申し訳なさそうに小声でつぶやいた。
生徒会の活動も大変なのに、クラスの準備もするなんて、すごい大変そうだ……。
「颯天と香恋は、クラスの方の準備にあたって大丈夫。そっち頑張って。正直、どのクラスも中間発表より大会の方が大事でしょ?話聞くぐらいなら、大丈夫だよ」
千鶴先輩は親指でグッドサイン。それを見て、先輩二人も「そうだね」って顔でうなずいた。
「じゃー、今日は解散!各自、何か良い案あったら遠慮せずに教えてね」
千鶴先輩の合図で、今日の会議はお開き。
そして、千鶴先輩は香恋先輩から貰った予算のコピーを自分のクリアファイルに閉まった。
私も片付けを手伝いながら、もう空が赤く染まっていることに気が付いた。
会議の規模を見れば、この学校において芸術発表会がどんなに重要かが分かる。
私も、生徒会に一員として、ちゃんと役に立てるように頑張らなくちゃ……!
さっき決めた覚悟を呼び起こして、私は夕暮れの外を見つめた。
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