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悪魔のゲーム・1
「ああ、いい天気だなあ。こんな日は昼寝に限るな」
「まったくだ。成長ホルモン出すには日光と睡眠が必要っていうしな。文化祭の準備なんかより、成長期の俺たちにはこっちのほうがよっぽど必要だよ」
「ナナムラ、お前って頭よかったんだな……」
「そうだ。俺が頭がいいんだ」
いつものように友達の〈サンダ〉とバカを言いながら、屋上で寝っ転がっていた俺〈ナナムラ〉は、多分全国各地どこにでもいるような普通の男子高校生だ。
「ああーぬくー」
今日も俺たちは、屋上で昼寝中である。秋の日差しで程よく温められたコンクリの床は、きっと岩盤浴ってやつにも負けないくらい心地がいい。
ああ、もう何にもしたくない。人生もこんな感じで何にもせずに楽して稼いで、楽して……
何度か鳴ったチャイムの音を無視し、しばらくサンダと2人ウトウトしていたのだが……鉄製のドアが乱暴に開く音で目が覚めた。
「お前ら、やっぱここにいたのか!! なんで来なかったんだよ!!」
大声で叫びながら俺たちの前に現れたのは、うちのクラスの委員長〈ミトワ〉だ。校則等がやや緩めの我が校には珍しい、銀縁眼鏡がトレードマークの大真面目くんである。
どうやら11月に行われる文化祭の打ち合わせをすっぽかした俺たちを叱りにきたらしい。
「あーはいはい。すんませんでした」
「それで謝ってるつもりかよ!!」
サンダが鼻をほじりながら適当にあしらうと、怒りが頂点に達したらしいミトワ。
クラスの協調がとか、学校行事には真面目に取り組めだのといつも通りの鬱陶しい説教をかましてくる。足を踏み鳴らす音を含め、耳にタコができるほど聞いている。
ていうか文化祭なんて、バイト代ももらえないのにやってられるかと言うのが俺とサンダ共通の意見だ。俺たちはめんどくさいことは嫌いなのだ。
このまま当日まで逃げ切る覚悟で、今日もミトワの怒りを右から左に受け流していると、急にあたりが暗くなった。
「「「は?」」」
3人の声が綺麗に重なった。
それもそのはず。暗くなったと言うのは、陽が翳ったとか、陽が落ちたとかそんなレベルじゃない。本当の真っ暗闇になってしまっている。
いや、互いの姿が見えているから暗闇ではないのか。とにかく、俺たちは真っ黒い場所に三人並んで立たされていた。
目の前には、いつの間にか長身痩躯の紳士が立っている。まあ、男物の真っ黒いスーツを着ているので男と判断したが、金色の長い髪を編んで前に垂らしているので女……かもしれない。とにかく顔面偏差値が異常に高いというか。
そんなことよりも何よりも……謎の人物の背中には、真っ黒い大きな翼が生えているのに息を呑んだ俺。ミトワとサンダも同じことを考えているのかじっと黙っている。
謎の紳士はこちらに足音を立てずに歩み寄ってくる。
「どうも、ワタクシはただの通りすがりの悪魔。名は持っておりませんが、期間中ご不便をおかけするのも忍びないので……『バンカー』とでもお呼びくだされば」
そう言うと……バンカーは広げていた黒い翼を折りたたみ、ショーの終わりのマジシャンのように優雅に礼をする。その声は、そこまで低くはないといえ、まるっきり男性のものだ。
「あ、悪魔が俺たちに何の用だよ!?」
「ちょっとしたゲームのお誘いに来ました」
サンダの問いに笑顔で応えたバンカーは、唖然とする俺たちに構うことなく続けた。
「ルールは非常にシンプルです。まずはサイコロを振っていただきます。今日から出た目の日数分、貴方たちには1日1つずつ何らかの【不運】な出来事が襲いかかります。これらに最後まで耐え、生き延びることができれば、願い事をなんでもひとつ、叶えて差し上げましょう」
「えっ、願い事って、ほんとになんでもいいのか?」
「ああ、死者を蘇らせること以外でお願いします。それだけは悪魔の触れられない領域の案件になってしまうので」
バンカーは申し訳なさそうにすると、また綺麗な礼をする。
「……5兆円欲しいとかでもいいのか」
「ええ、もちろん。望まれた際にはせっかくですので非課税のものをお届けしましょうか」
俺が問うと、バンカーは笑顔になる。
ヒカゼイ? ああ、非課税か。授業で習った。税金がかからないってことだ。世をときめく金持ちが『いくら稼いでも税金で半分持っていかれる』って言ってるのを見たことがある。頑張って働いても無駄じゃんと思ったものだ。
しかし、さすが悪魔だ。金持ちですら払わされる税金もないことにできるらしい。それだけあれば一生遊んで暮らせる。学校にも通わなくてよくて、女の子だってきっと選び放題だ。
で、サイコロといえば目は6まで、長くても6日間耐えればとんでもない幸せが手に入るということ。これはもう参加しない手はない。宝くじで一等を当てるよりずっと幸運だろう。
「やる」と俺。
「俺も!!」とサンダ。
「……俺は」
そして、ミトワは相変わらずクソ真面目な顔でバンカーをまっすぐに見据えていた。努力じゃ地道じゃなんじゃとうるさい優等生は、この手の楽して何かを手に入れる系のゲームを嫌うはずだ。
バンカーの前に歩み出たミトワが、ややためらいがちに口を開く。
「なあ、死んでさえなければってことは、病気も治せるのか?」
いつも俺たちを早口で責め立ててくるのに、今はなんだか救いを求めるような口調だった。ミトワはどうやら病気持ちらしい。しかも悪魔に頼るほどとは、不真面目な俺ですらさすがに言葉を失った。
「もちろん。まだ魂と肉体がこちらに揃ってさえいれば、どんな重病でも治せますよ。なるほど、無事ゲームを終えられたら、すぐ元気にして差し上げましょう」
バンカーが当然とばかりに微笑むと、ミトワの表情が少しだけ弛んだ、というよりわずかに笑っているように見えた。
「わかった。なら、俺も乗る」
ミトワがうなずくと、悪魔はその両手と翼を大きく広げた。
「では、ゲームスタートです」
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