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壊すなら、貴方の手で17
見せられた写真にはある男性が映っていた。見るからに自己顕示欲が強く、他者を見下すような表情をしている彼は、黒兎ならそっと避ける人種だろう。誰だろう? と思っていると、雅樹は感情を乗せない声で言う。
「私の父、木村樹だ。そして二年前の騒動の首謀者だよ」
「……このひとが……」
雅樹は頷く。二年前も菅野から少しは聞いていたものの、雅樹の口から聞くのは初めてだ。
「私の結婚騒動も、黒兎が誘拐されたのも、全部このひとがけしかけていた。目的は、木村家の跡継ぎと、経営権の譲渡だ」
「……」
それも菅野から聞いていたことだった。けれど、あのような行動に出たと言うことは、雅樹と樹の間には、ただならぬ因縁があったのだろう。
「今は祖父の遺言で、私が経営権を持っているけれど、……それが不服だと、ずっと言っていたんだ。好き勝手やっていたくせにね」
それまで適当に金を与えて大人しくさせていたらしいが、ある日突然見合い話を持ってきたと言う。
「白金さんとは……割と長い付き合いでね」
聞けば黒兎と仲良くなる前から、時々会っていたりしていたらしい。樹が持ってきた話だから、雅樹は更々乗るつもりはなく、こちらも適当にあしらっていたそうだ。
黒兎は白金を思い出す。どこかで見たことがあると思っていたけれど、四年前、黒兎が内田に暴行を受ける直前、雅樹がレストランで会っていた女性だったのだ。黒兎の施術を断って白金と会っていたため、嫉妬したのを覚えている。
けれど樹は、二年前の中国公演辺りから、急に話を急かすようになってきた。
「なぜかはすぐに分かったよ。黒兎の存在に二人が気付いたんだって」
なので外堀を埋めるように報道を加熱させ、結婚を急がせた。その魂胆は見え見えだった。どうせ樹は孫が産まれたら自分の人形にしたがるだろうし、それでまた好き放題したいのだろう、と。そして、雅樹が見合い話を突っぱねても、黒兎のことを知っているぞと脅せば、雅樹が言うことを聞くと思っていたのかもしれない。
「ただね、やり方が派手だったし、いくら木村財閥の人間だからって、今は名ばかりの『会長』やっているひとだ。どこにそんなに人を動かす金と力があるんだと調べたら……」
雅樹は心底呆れたように笑った。
「反社会勢力と繋がっていたんだ。そしてうちの社員も買収していた。……呆れるだろう?」
黒兎は言葉が出なかった。雅樹を裏切った社員は、二年前、黒兎の拉致を手助けしたひとだけではなかったらしい。
そして今や反社会勢力への世間の風当たりは強い。何人もの芸能人が、繋がりがあったら──例え過去の話だとしても──引退に追い込まれるほどだ。分かりやすい私利私欲に、樹は利用されたのだろう。
「せっかく父親がいなくなって、Aカンパニーもクリーンなイメージになってきたというのに、これでは全部ダメになる、と思ってね。徹底的に潰すことにしたよ」
でも、彼らの方が一歩早くて……と眉を下げた雅樹に、黒兎はそういうことだったのか、と息を吐く。しかし意外なことに、樹と反社会勢力の繋がりを見つけたのは、そばで控えている菅野だと言う。
「彼は私が引き抜いたんだ。元はアイドル事務所にいてね」
そう言って、雅樹は日本一大手の男性アイドル事務所の名前を挙げた。
しかし、黒兎でさえ知っている事務所の人が、どうしてまたAカンパニーに? と思っていると、菅野はやはり感情を乗せない声で言った。
「前の事務所で私は大きな過ちを犯しました。事情を知った社長から引き抜きの話を頂き、その贖罪にここへ。……この業界はきな臭い所が多いですからね。色んな知り合いに、探りを入れてみました」
「あと、私も弁護士や警察、各方面に知り合いがいるからね。叩いたら埃だらけだったよ、白金さんも」
もちろん、黒兎を襲ったひとたちも、と付け足す雅樹は、少し疲れていた。それもそうだろう、樹一人を懲らしめるために、巻き込まれた人は黒兎一人ではない。その責任も、雅樹が取っているのだ。先程雅樹がみんな優しい、と言ったのは、大騒動になったのに、過去のこととして許してくれているからなんだ、と彼は言う。
「雅樹……」
大丈夫? と伺うように見ると、彼は苦笑する。
「長年見て見ぬふりをしてきたツケが回ったんだ。光洋や英くんにも迷惑をかけた」
そういう雅樹は俯いて自分の髪を掴んだ。黒兎はあまり覚えてないけれど、療養中、雅樹が泣いていたのを思い出す。Aカンパニー内でも大きな混乱があったんだろうな、と思ったら、自然に身体が動いていた。
「結果的に俺も無事だったし、今残っているひとたちは、雅樹のことを本当に慕っているからだと思うよ?」
黒兎は雅樹の手を取り、しゃがんで目線を合わせる。弱っている雅樹は珍しいから、本気で彼は凹んでいるのだろう。
「黒兎……」
「社長、私がいることを忘れないでくださいね」
甘い雰囲気を出しそうになった二人に、菅野が釘を刺す。顔を上げて苦笑した雅樹は、ここから本題だ、と黒兎をまっすぐ見つめる。
「父親が反社会勢力と繋がっていたことで、親戚の心象も悪い。もう財閥の金を好き放題はできないだろう」
それでだ、と雅樹は続けた。
「黒兎、私と養子縁組してくれないかい?」
「……」
黒兎はポカンと口を開けてしまう。突然の提案に、財閥の資産の話も出たこともあり、雅樹の意図を察して黒兎は首を横に振った。
「い、いやいやいや、財産なんて貰えないよ!?」
「今すぐじゃない。私に何かあった時の為にだ」
どうしても樹に多く渡るのは避けたい、と言う雅樹。親子でも、人間金が絡めばこんなにも拗れるのか、と黒兎は嘆息した。
そして、この話を受けてしまえば、黒兎は完全に雅樹に囲われていることになる。嫉妬深く、実力行使できる力と金を持っている雅樹だとは知っていたけれど、まさかここまで完璧に捕らえられてしまうとは。
勝手だと、怒ることもできた。けれど、黒兎は雅樹を受け入れる以外の道を、選びたくないと思ってしまうのだ。
「……分かったよ」
そう言った途端、黒兎は雅樹の胸に引き寄せられる。適度な筋肉がついた胸板を意識してしまい、かあっと頬が熱くなるけれど、すぐにここは社長室だということを思い出した。
「黒兎……っ」
「ち、ちょっと……菅野さんいるからっ」
黒兎は慌てて菅野を見ると、彼はやはり冷静な顔でこちらを見ている。
「お二人共、お幸せに」
淡々と言う菅野の言葉に、黒兎はどう反応していいのか、分からなかった。
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