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どこまでも真っ黒な世界に、食い破られた夢の残骸が点々と散らばっているここは、伊織の夢の中である。千早はそれらを集めて手の上に載せ、目を閉じ神経を集中させた。紡ぐことも出来ないそれらに、食い破った獏の気配が残っていないか、確かめているのだ。
手の上で欠片の破れた部分に手を這わせれば、荒々しく千切った跡。破った主(ぬし)が興奮していたことを示している。
(どうしてそんなに興奮していたの……?)
無意識の中で問えば、低く唸るような声が響いてくるみたいだった。
≪クヤシイ、クヤシイ、ツライ、クヤシイ≫
聞こえてくる心の声は、きっと獏のもの。
(どうしたの? なにが辛いの?)
≪ボクノコトヲ、イイヨウニツカウアイツ、ユルサ……≫
言葉が途切れて、ギュイーという絞り出すような獣の声が聞こえた。……と。
バチバチっと閃光が走って、その場が明るく照らされる。千早の傍に出来た影は、千早を大きく呑み込もうとしている、ずんぐりむっくりな丸い体の獣の影だった。
「えっ!」
その巨大さに驚いて動けないでいると、襲い来る影に立ち尽くした千早を抱えてその場を飛びすさった人がいた。
「伊織さま!? 何故ここに!?」
影はそのまま地面に突っ込み、ドオン! という大きな音をさせた。衝撃の大きさに、散らばっていた夢の欠片が跳んでくる。そのうちのひとつが千早の手の甲をかすめて飛んで行った。
「無意識下でお前が浮いているのを視認できるのであれば、抱えて飛び退るくらいできると思っただけだ。俺を誰だと思っている」
そう言って伊織は地に足を付けると、千早を肩から丁寧に下ろした。千早を仕留め損ねた影は、大きな咆哮をあげてその場から去って行く。
「あ、ありがとうございます」
(そうか、伊織さまは鳳凰の力を持ってらっしゃるから、普通の人じゃ出来ないことも、出来るんだ……)
今まで自分しか立ち入れなかった空間に、別の人の意識が入っているということで混乱していると、伊織は千早の乱れた髪を撫でつけると、怪我をした手の甲に唇を寄せた。
ぺろり、と舐められたと分かったのは、傷に染みたから。手元から顔を見上げられて、その熱いまなざしに顔が沸騰した。
「いっ、伊織さまっ!? お気が触れましたか!? 男の手などを……!」
「男の手だとしても、女のように綺麗な手だから、傷のあることが憎らしくなった」
!? 伊織さまは一体何をお考えなのだ!?
そんな風に混乱した千早を、伊織は現実世界(そと)に出るよう促した。
「お前がやつに語り掛けてくれたおかげで、やつの気配を捕らえることが出来た。このまま捕縛に行く。ついてこい」
伊織の姿が薄くなっていく。現実世界に戻るつもりなのだと悟って、千早も直ぐに外に出た。
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