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「うわあ!」
布団を跳ね飛ばして飛び起きた。目の前には畳6畳の自分の部屋が広がっている。じっとりと額ににじんだ汗を拭うと、タンクトップから出ていた腕に擦り傷を見つけた。
「え……」
昨日寝るまでにはなかった傷……。
「ま……、マジか……」
思わずつぶやいた言葉が重たく布団の上に落ちる。自分は、とんでもない夢を見てしまったらしい。
それから毎晩、あの夢を見るようになった。川野さんの顔をした女は毎晩夢の中で正人に剣を振るった。なまじ顔がやさしい川野さんであるだけに、今までお世話になって来た恩がちらついて、どうにも手が出ない。避けてばっかりの正人に、女は激高した。
「貴様、本気で戦っていないだろう! そんなことで、締め切りを守れると思うのか!」
「だ……、だって、貴女、川野さんじゃないですか……。無理ですよお……」
ブンブンと振るわれる刃を避けることで精いっぱいの正人は、今日も女に立ち向かえない。闘技場の時計は時計を刻々と刻んでいた。
*
「す、進まない……。どうしよう、間に合わない……」
正人は締め切りの前日夜中になっても、原稿を仕上げることが出来ないでいた。必死に頭を働かせるが、描きたい言葉が浮かんでこない。かれこれ二日寝ていない。既に眠気がピークに達しており、一時間だけ仮眠を取ることにした。頭がすっきりすれば、思い描いている言葉だって浮かんでくるはずだ。そう思って、アラームを一時間後にセットして、布団も敷かずに枕の上に頭を乗せた。睡魔は直ぐに訪れた。
ガキン!
闘技場で正人は女に持っていた剣を弾き飛ばされた。女の持つ刃先が喉元に突き付けられる。
「勝負あったな」
にやりと笑う女は、あのやさしい川野さんじゃない。丁度闘技場の時計が12時を指してゴーン、と重苦しい鐘の音を鳴らした。
「お前は私に敗れた。締め切りを守らない作家に価値はない」
女はそう言って正人に背を向けた。本当に夢から覚めたら締め切りを守れていないのだろうか。いやこれは夢だ。一時間で起きて頭もすっきりしたら、続きが書ける。あと一節分なのだ。間に合う。そう思った時に、正人の体はふわりと浮き上がり、意識がだんだんはっきりしてきたことが分かった。
はっと目を覚ますと、スマホの着信音が響いていた。枕から起き上がって、スマホを手にすると、川野さんからの着信だった。
「あ、こんばんは。あと少しで……」
『結城先生! お時間です! 出来ましたか!?』
えっ? アラームは一時間でセットしたからあと少し書く時間がある筈だけど……。そう思って部屋の時計を見ると、ものの見事に昼の12時だった。さあーっと血の気が引く。
『出来た原稿、直ぐに送ってください!』
「す……っ、すみません……。まだ出来てないんです……」
『なんですって!?』
あと一節分だったのに……。正人は作家になって、初めて締め切りを破ってしまったのだ……。
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