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雪が降り始めた。 天気予報通りではあるけれど、こんな日くらいは外れてくれた方が良かったのに。 人生で何度着ることになるかわからない振袖姿。ただでさえ不馴れな足元、気を付けてはいても、ぬかるんだ地面に汚されていく。 姉が車で送ると言ってくれた時に素直にうなずいておけば良かったのだろうか。 五年前、自分が着ているこの振袖を着て、まさに自分が今向かっているのと同じ会場で行われる式に参加した、姉の顔が浮かぶ。 でもやっぱり。  その考えは直ぐに打ち消した。 本当は、自分でも出来る着付けやセット、メイクさえも「記念だからやってあげたい」と全てやってくれた母。女一人、美容室を切り盛りする彼女にとって、今日が一年で一番忙しい日。 美容師ではない姉も、この日ばかりはお店の大切な戦力。母の手伝いに駆り出されている。 だからこそ、多少の無理は承知の上で、電車での移動を選択したのだけれど。 強くなる風と増える雪の量に、電車はあきらめ、タクシーを拾うことに決めた。それでも、大通りまでは歩くしかないことに変わりはない。吹きつける風に、なるべく振袖が濡れないように傘を傾けた。 三年前まで、母と一緒にお店で働いていた祖母が、姉の成人祝いとして誂えてくれた、総絞りの中振袖は少し古風な柄。もう着ることもないからと姉に譲られたそれは、今では、大切な祖母の形見となってしまった。 だから、濡らしたくないのに。最初からタクシーを呼べば良かったのだと、後悔ばかりが募る。 タクシー代を惜しんでしまったのは、女手一つで自分たち姉妹を育ててくれた母が、お金に苦労しているのを見て育ったから。 それでも、四月からは母の店で働くことを決めている。これで、少しは楽をさせてあげられるはずだ。資格試験も、在学中に受かってしまいたい。だから明日からはまた、練習と勉強漬けの日々。 私を進学させるために―本人は勉強するのが嫌いだからだと言い張っているが―自身の進学を諦めた姉のためにも、一度で合格してみせる。 一際、強い風が吹きつけてきて、しまったと思った時には、傘を飛ばされていた。吹きつける雪に、視界が真っ白に染まる。 風の強さに、思わず目を閉じた―
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