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地にうずくまる小さな体から聞こえていた慟哭が、嗚咽へと変わり、やがて小さな寝息が聞こえてきた。 よほど疲れていたのだろう。無理もない。明らかに森を歩くことに不慣れな様子で、身にまとうものも獣道を進むにはあまりにも不向きなものだった。見馴れぬ顔立ちから、実際に会ったことはないが、ナユタの森に住むという一族の娘かと思ったが。 独特の風習を持つ彼らは、自分達の奉じる森の神に、娘を贄として捧げるという。贄となる娘が、外界への出入りを一切禁じられて育つという話は、今まで何度か耳にしている。噂話の域を出ないものではあるが、トーコと名乗った娘の装束は、正に神への供物という風情を感じさせるものがあった。 脱いだ後さえ大事そうに抱えるそれを、大事ならばなおさら収納しておいた方が良いだろうと判断したのだが、まさか泣かせてしまうとは。盗られると思ったのだろうか。泣き続ける、言葉も通じぬ娘に、どうしてやることも出来なかった。 地に伏してしまった小さな体をこのままにしておくわけにもいかない。火の側まで移動させようと、近づいて抱き上げ、その軽さに驚いた。 どういう育てられ方をしたのかは不明だが、筋肉の無い体は、肉体を酷使するような労働とは無縁だったことを示す。日に当たることも少なかったのだろう、手先がいくらか荒れてはいるものの、顔も手も、透き通るような綺麗な肌をしている。贄にするためとはいえ、大切に育てられたことは間違いないのだろう。 そんな身で、かなり速度を落としていたとはいえ、ここまで己について歩ききったのだ。改めて、小さな体の疲労を思う。 贄として捧げられるのは娘が成人した時という話が真実ならば、年は十六になったばかり。己より十近くも年下の娘。未だ幼さの残る顔立ちから、女というよりは少女という言葉の似合う― 言葉が通じない以上、彼女が何を望んでいるのか、本当のところはわからない。何処までついてくるつもりなのかも。 だがまあ、縛られるものなど何も無い身。己に助けを求める娘を捨て置いて、後味の悪い結果になっても寝覚めが悪い。彼女の、トーコの気が済むまで付き合うのもいいだろう。 寝床代わりに地面に敷いた布地の上にトーコの身を下ろす。力が弛んでいたのか、彼女が抱え込んでいた装束が地に落ちた。獣の襲撃もあり得る場所。失くすのも、汚してしまうのも不憫かと、拾い上げて収納袋にしまった。 寝ているはずのトーコが、何事かを呟く。言葉の意味などわかるはずもないが、苦しそうな声の響きに、彼女の表情を確かめようと身を寄せた。途端、何かを探すように、トーコの細い指先が胸元へと伸びてきた。
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