山盛りの灰皿と青焼き

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山盛りの灰皿と青焼き

誰かに片想いしていたとしても、 頭から離れない想い人がいたとしても、 ぼーっとしてる暇もないほど、 女子社員の朝は、忙しいのだ。 私は、8:30に出社していたが、 時差出勤で、 女性社員は、9:00 男性社員は、9:30に出社の人が多かった。 女子社員は、 彼らが出社する9:30までに、 昨夜の片付け(コップなど) 湯飲み茶わんの回収(各デスクから) 机を拭く お湯を沸かしている間にコップ、 湯飲み茶碗を洗う ポットに湯を入れる お茶を入れて各デスクに配る をしなければならない。 私がいる班は、 それでも女性が3人いるので、 当番は3日に1回だから楽な方だった。 忙しい部署だったので、 男性社員は残業が当たり前。 片付ける時間がなくて、 どんどん資料や文書が積み上がって、 書類が机の上に山盛りの人も何人も結構いた。 というか、大半はそうだった。 (拭くスペースが少なくていいけど…) 中には、 灰皿の吸い殻が山盛りでこぼれている人も… 私は、その頃気になってる人がいた。 隣の係の係長澤山さん。 澤山さんのデスクも、 いつも書類が積み上がり、 灰皿は山盛り。 彼は、 かなりのヘビースモーカーだった。 でも、忙しいので、 よく見てると、吸っている時より、 ただ、灰皿においたタバコが煙を上げていることもよくある。 (吸っているのより、 ただ燃やしてる方が多くない?) という感じ。 湯飲み茶碗は、女子社員が洗うが、 灰皿は基本、 自分で吸い殻を給湯室のゴミ箱(茶殻入れ)に捨てることになってる。 でも、私が当番の時は、 お茶碗と一緒に灰皿も始末していた。 澤山さんは、 同じ班だけど係は別なので、 席は近いが一緒に仕事をする事はほとんどなかった。 自分の直属の部下には、 厳しいらしかったが、 私たち女子社員には優しかった。 小柄で、 スマートでハンサムというわけではなかったけど、 笑うとくしゃっとなる顔が、 なんか、かわいくて好きだった。 (一回りも年上なのに、 かわいいって変かもだけど。) そういえば、 私は面食いだけど、 身長にはあまりこだわらない方だったみたいだ。 (自分の好みにいまさら気付く…) 小5,6年の頃好きだった一年先輩も、 そういえば、 ハンサムだけど小柄だった。 その先輩とは、 ソロバン塾が一緒だった。 城幸君という名で、 弘幸とかだとよくある名前だけれど、 ちょっと“ない”名前なのもカッコ良いな、なんて思ってた。 前髪をちょっと長めにしていて、 暗算の時に、手で前髪をかき上げるようにする仕草が、カッコ良かった。 (今思うと、 小学生のくせに、 ずいぶんすかしていたなと思う。) 中学で、再会した時も、 余り背は高くなってなく、 相変わらずすかしていたっけ… 澤山さんを見て、 そんな昔のことを思いだしたこともあった。 ところで、 普段は係が別なので仕事も別なのだが、 たまに忙しくて手が足らないと、 大量のコピーを頼まれることがあった。 そういえば、 世の中では“コピー”と言うのに、 うちの社内ではなぜか“ゼロックス”と言っていた。理由は、分からない。 だから、 「コピーお願い!」じゃなくて、 「これ、ゼロックス3枚ね。」 とか頼まれる。 慣れるまで、若干違和感があった。 直ぐ慣れたけれど。 会社に入ってもっと驚いたのは、 “青焼き”なる複写機があることだった。 設計の会社とか、 大きな図面を扱う所ではよく使われるらしいが、 私は、 社会人になって始めてその機械を見た。 機械も大きくて、“ゼロックス”より扱いも少し難しかった。 一度、澤山さんから 「これ、青焼きでお願い。」と 結構大量に頼まれたことがあった。 “ゼロックス”は各部屋に1台あったが、 青焼きの機械は、各階に1台しかない。 私は、頼まれた資料を抱えて機械のあるスペースに行き、 孤軍奮闘していた。 中々上手く複写が出来なくて、 何度も取り直しているうちに、 1時間近く経っていたようだった。 気になったのか、 澤山さんが様子を見に来た。 「スミマセン。一応取ったんですが、 まだ綺麗にとれてないのがあって、 やり直ししてました。」 「青焼き取るの、 白焼きより調整がちょっと難しいからね。 うん、これでもういいよ、ありがとう。 面倒なこと頼んでゴメンね。」と 資料を持っていった。 そう、 “青焼き”に題して“ゼロックス”のことを、“白焼き”とも言う。 社内でしか通じない“言葉”って、 結構あるもんだな、と思った。
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