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第六章 ショーは終わりました
いよいよ、今日はキサラギさんとのレッスンの日。
時刻は、十五時二十分。セミは今日も、ミンミンとうるさい。反対にイチョウの木図書館はシーンとしている。
しかも、貸し出しカウンターには誰もいない。
「……もう、またあそこ?」
自販機コーナーに向かうと、案の状ソファベンチに座って、缶コーヒーを飲んでいるイザヨイさんがいた。
「カガリ。もう学校が終わる時間? キサラギさんなら、二階の多目的室にいるよ」
「えっ、もう? 私、十分前に来たのに」
「はは。キサラギさんも楽しみにしてたんだろうね」
空になった缶を、ゴミ箱にガコンと放ったイザヨイさんは、カウンターのなかから、一冊の絵本を持ってきた。「チョコレート彗星」だ。私が大好きな絵本。私が絵本作家になりたいと思う、きっかけになった絵本。
「キサラギさんがさ、〝練習は好きな絵本でしたほうが、絶対にいい〟なんて力説するもんだから、用意しておいた。もちろん、これでやるでしょ?」
「当然!」
たくさんの人たちに読まれたあとのある「チョコレート彗星」を受け取って、私は二階への階段を登っていった。
多目的室に入ると、ロングワンピースにカーディガンを羽おった女の人がイスに座り、絵本を読んでいた。
「キサラギ、さん……?」
私の呼びかけに、女の人はニコッと笑ってくれた。
「こんにちは。如月ヤヨイです」
「こんにちは……」
「イザヨイさんから、聞きました。ボランティアに興味を持ってもらえて嬉しいです。時間は短いけれど、わからないことがあったらなんでも聞いてくださいね」
それは、朝に咲いたばかりのひまわりのような微笑みだった。「ああ、この人は優しい人なんだ」とすぐにわかった。緊張していた気持ちが、だんだんとほぐれていく。
キサラギさんによる、読み聞かせレッスンがはじまった。イスに座って向かいあい、じっくりと教わる。
読み聞かせの世界は、まだまだ知らないことばかりだっ。話を聞くたびに、私のなかでどんどんと大好きな世界が広がっていくのを感じた。
「ページをめくるときは、絵を隠さないように気をつけて」
「本は少し前に傾けたほうが、小さい子たちには見やすいです」
「読み聞かせは、アテレコではありません。だからたくさんのキャラクターが出てきても、むりに声を変える必要はないですよ。読むキャラクターが小さい子だったら、はきはきと。お年寄りだったら、ゆっくり読むていどで、みんなわかってくれます」
レッスンはとても楽しくて、そして、わかりやすかった。
「では、まずは私が読んでみるので、聞いていてください」
いよいよ、キサラギさんの読み聞かせが見れるんだ。図書館の読み聞かせタイムが学校の時間と重なっていたから、今までは聞きたくても聞けなかったんだよね。やっと、聞くことができる。
しかも、読んでくれるのは……私の大好きな「チョコレート彗星」! しっかり聞いて、参考にしよう。
キサラギさんの読み聞かせは、とっても聞き取りやすかった。ていねいな滑舌、そして優しいしゃべりかた。耳にするりと、声がなじんでいく感じ。キサラギさんの人がらが物語に溶けこむと、見知ったお話なのに、また全然違う発見があった。
読み終わったあとは、ゆっくりと裏表紙、そして表表紙でしめくくる。そこまでが物語だから、というのは、さっきキサラギさんが教えてくれたことだ。
「じゃあ、今度はいよいよ、里々原さんが読んでみましょうか」
「は、はい」
いよいよだ。私は緊張するからだに、鼻から空気を送りこんだ。
大丈夫、落ち着いて。つっかえないように、いつもの私のままで読めばいい。
まずは、タイトル。噛みしめるように声に出した。
「〝チョコレート彗星〟」
ああ、ドキドキしすぎて声がこわばってる。
それからは、ただひたすらに読んだ。声は固いし、言葉にこめる感情も、のぺっとしてる。さっきのキサラギさんの読み聞かせとは、雲泥の差だ。
どうしよう。「うーん。やっぱり里々原さんには、読み聞かせはムリですかねえ」なんて言われたら。ショックすぎて、泣いてしまうかもしれない……!
最後のページを読み終え、本を閉じる。〝裏表紙までが物語〟というレッスン通りに、裏表紙もしっかりと見せた。
パチパチ、とキサラギさんが軽快な拍手をしてくれる。
「うん。いいですね」
「え? ウソ!」
あんな読み聞かせだったのに!
「十分だと思います」
「ほ、本当に?」
「ちゃんと伝わりますよ。小さい子たちには」
自信がなくなっていた私の心に、キサラギさんの言葉が、じーん、と染みこんでいく。
「読み聞かせは、読む側と聞く側のコミュニケーションなんです。伝えようという思いがあれば、それでいいんですよ」
そうだったんだ。うまくなきゃいけないわけじゃなかったんだね。
——パチパチパチ
多目的室のドアから、今度は違う拍手が聞こえてきた。
音のするほうをふり返ると、ノバラさんがドアからひょっこりと顔を出していた。
「すごい! カガリちゃん、上手!」
「の、ノバラさんっ?」
ドクン、と心臓が高鳴って、足が一歩、後ろに退いてしまった。
何で、ノバラさんがここに。
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