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第三章 はまみらい
次の日。ノバラさんは今日も、あの読み聞かせ部屋にいた。あいさつをすると、ちょいちょいと手招いてくれる。何だか、ここ、私たちのひみつ基地になったみたい。
ノバラさんの今日のお洋服は、メルヘンチックなメリーゴーランドがプリントされた、ジャンパースカートだった。ピンクと白のストライプ模様がかわいいスカート部分は、パニエによってバルーンのようにふわっと広がっている。長い黒髪を三つ編みのおさげにして、さくらんぼのゴムでむすんでいた。
ノバラさんは、海外の絵本を読んでいた。しかも、翻訳されていない原文のやつなので、中身は英語だらけ。のぞきこむと、知らない単語ばっかりで、目がチカチカした。
「これって、どんな話なんですか?」
「さあ、知らない」
肩をすくめる、ノバラさん。
「えっ、読めるんじゃないんですか?」
「いや、この図書館の絵本はほとんど読んじゃったからさ。まだ読んでないやつを、読んでるだけだよ。ぼく、英語なんて読めないからさ。絵を見て楽しんでるだけさ」
「なあんだ。せっかく〝英語を読めるなんて、すごいなあ〟って思ってたのに」
からかうようにいうと、ノバラさんはおかしそうに口もとに手をあてて、笑った。そのさりげないしぐさが上品で、本物のお姫さまなんじゃないかと思えてくる。
「ぼく、洋画はぜったいに吹き替え版で見るタイプ。字幕は一回も観たことないよ」
「えー! 一回も?」
「だけどさ、ロリータ服を着て、英語の本を読んでるって、ちょっとカッコよくない?」
「うん。たしかに!」
ノバラさんにつられて、私も笑った。
するとカウンターのほうから、イザヨイさんの「ゴホン」という咳ばらいが聞こえてくる。いけない、いけない、ここは図書館。お静かに。
でも、ここで黙っちゃうなんてつまらない。せっかくできた友達だもん。もっと、悪ふざけをしないと、時間がもったいない。
私はイザヨイさんにバレないように、ノバラさんにこそっと耳打ちをした。
「ノバラさんは、学校のお友達とどういうことを話すんですか?」
「え?」
「やっぱり絵本とか、お洋服のこと?」
「……ぼくは、学校ではあまりロリータのことを話さないんだ」
少しさみしそうに、ノバラさんはいった。
「え、どうして? こんなに好きなのに」
「お父さんが、あまりいい顔をしないんだ。ロリータのことを外で話すと」
ノバラさんのお父さん、厳しい人なのかな。家のこと、いろいろ頼まれたりしてるみたいだし、大変そう。私なんて野菜を切るのを手伝っていわれるだけでもうんざりなのに。
「……ねえ、カガリちゃん」
「は、はいっ」
「次の土曜日さ。うちのお父さん、いないんだ。だから、ご飯を作らなくていいの」
「え」
「いっしょに遊びに行かない? ぼくのおすすめの場所に」
これって、夢? ノバラさんに遊びに誘われちゃった。今は真夏だけれど、雪が降るかも。そう思っても不思議じゃないくらい、幸せな気分!
「い、行きたいです!」
「よし、決まり。じゃあ、朝の十時に図書館の前に集合だよ」
「はい!」
ノバラさんの長い指が、きゅ、と握りこまれる。くるっと、手首が一回転。すると、手のなかに、ふわっと、サーモンピンクの大きなバラの花が現れた。
「はまみらい、っていうバラだよ。ぼくらの明るい未来を記念して、これを受け取って。土曜日、楽しみにしてるね」
ノバラさんはバラの花を私に持たせると、絵本を閉じて、違う本を探しに行った。サーモンピンクの美しいバラは、しっかりとトゲがとりのぞかれている。
はまみらい。未来という名前を持った、バラの花。それを見ていると、なんだか勇気がわいてくる。何でもできそうな、熱いちからが。
ノバラさんがくれた花が、私に未来へのチャンスをくれたんだ。
「……今日なら、いえそうな気がする」
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