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第四章 ハトが見ている
ようやく陽が沈みはじめた、十八時五十五分。図書館の閉館時間、五分前だった。
私はその日、二度目の図書館をおとずれていた。貸し出しカードが入ったポーチを、どこかに忘れてしまったらしい。
閉館五分前ということで、館内には「蛍の光」がかかっていた。
本に夢中になって、ネバーランドに行ってしまうと、よく聞く曲。けっこう、有名な歌らしいけれど、私的にはすっかり「図書館から、早く出て行けソング」になってしまっている。
さっさと見つけて帰ろうと、防犯ゲートを通り抜けようとしたときだった。いつもとは違うなかのようすの雰囲気に気づいて、私はあわてて防犯ゲートの影にからだを隠した。
イザヨイさんが、誰かと話しをしていた。相手は……ノバラさんだ。何を話しているんだろう。いけないとは思いつつも、つい耳を澄ませてしまう。
「今日も、勉強熱心だね」
「イザヨイ。もう閉館時間でしょ。さっさと貸し出しの手続きして」
「おいおい。カガリと話すときとは、えらい態度が違うなあ」
いいながら、本を開く音や、パソコンを叩く音が聞こえる。イザヨイさんは、パソコンを叩く音がとても大きいから、静かな館内によく響くんだ。
「カガリちゃんに、こんな本を借りているところを見られるわけにはいかないもの」
ノバラさんのぽつりとつぶやいた言葉は、一滴の染みを作るように、私の心にじわじわと広がっていく。ざわり、と背筋が毛羽立つような感覚がした。
「きみたち、友達なんでしょ? そんなふうに思うのは、変じゃないかなあ」
「そうかな……」
イザヨイさんから受け取った本を、ノバラさんは大事そうに抱きしめた。目を凝らしてみるけれど、なんという本なのかはさっぱりわからなかった。
「前にカガリちゃんに〝ぼくに似てるね〟っていったことがあるんだ。でも、全然違う。……ぼくなんかと似てるだなんて、カガリちゃんに悪いこといっちゃったなあ、って後悔してるんだ」
「悪いわけないよ」
「ううん。ぼくがどれだけ情けない子なのか知ったら、カガリちゃんはなんていうだろう。すごく、怖いよ」
私は、こっそりと図書館を出た。人の少ない駐車場を、とぼとぼと歩く。
「ポーチは……明日にしよう」
敷地内にある、テニスコートの水道から、ぴちゃん、としずくが垂れた。
今までの私は、水槽のなかでただぼんやりと、浮いているだけの金魚だった。〝いっしょに泳ごう〟と誘ってくれたのが、ノバラさんだった。
そのすがたは、まさに土佐錦魚で。ふつうの金魚の私には、まぶしくてまぶしくて仕方なかった。こんなふうに泳げたら、と思っていた。
でも——さっきのノバラさんは、違って見えた。
そんなこと、少しでも考えたくなくて、私は走った。
走って、走って。
すべてを振り切って、走った。
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