第四章 ハトが見ている

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 窓際のいちばん後ろ。それが、学校での私の席だ。  休み時間、私はひとり、校庭を見つめる。そして、ノバラさんのことを考えた。  ノバラさんは、家のことで悩んでいる。それは間違いない。悩んでいるとしたら……お父さんってことになる。  ノバラさんが今いっしょに住んでいるのは、お父さんだけだと思うから。  ——前にカガリちゃんに〝ぼくに似てるね〟っていったことがあるんだ。でも、全然違う。……ぼくなんかと似てるだなんて、カガリちゃんに悪いこといっちゃったなあ、って後悔してるんだ。  ノバラさんはああいっていたけど、やっぱり私たちは似てると思う。  私……ノバラさんのちからになりたい。いやなことがあっても、私がそばにいるよって、安心してもらえるように、なにかをしたい。  そうだ。この間、指輪をもらったよね。私も何かノバラさんにプレゼントしたいな、と思っていたんだ。ノバラさんは、私があげた変な称号で喜んでくれていたけど。  でも、もっとちゃんとしたものをあげたい!  ロリータ服はどうかな、と思ったけれど、これはむりそう。  前にイザヨイさんに「ノバラさんにロリータ服をプレゼントしたい」ことを話したら、「カガリにはむりだよ」って、きっぱりいわれちゃった。どうやら、ジャンパースカートだけでも、よゆうで三万円を超えるものばかりみたい。私のお小遣いだけじゃ、とても足りないよ。 「はあ」  休み時間終了のチャイムが鳴り響くなかで、私はため息を吐いた。  うわあ、次の授業は、道徳かあ。私が一番きらいな授業だ。  プレゼントのことでも考えつつ、時間をつぶそう。  あっというまに次のチャイムが鳴り、担任の先生がドタバタと教室に入ってきた。二十代の男の先生。うちの学校の先生のなかで一番若くて、いつもやる気に満ち溢れている。  でも私は、この先生のことが大の苦手だった。  他のことを考えよう。ノバラさんのプレゼント、どうしようかな。 「はい。じゃあ、そういうわけで、今からグループに分かれて話し合いをするぞー」  ハッと、我に帰る。やばい、ネバーランドに行っていた。いつの間にか、かなり授業が進んでいるようだ。  黒板には「なぜ、ルールを守らないといけないのか」と書いてある。  他にも、「周りの人の迷惑にならなければ、ルールを破ってもいいのか」や「自分の考えとは違うルールでも、守らなくてはならないのか」などなど、メンドくさそうなことがずらずらと書いてある。  いったい教科書の何ページの内容なのか知らないけれど。 「里々原さん。机、くっつけよ」  視線を横にズラすと、隣の席の男の子・餅本くんが涼しげな顔で机を持っていた。  気づけばみんな、近くの席の子たちと四人グループを作って、すでに意見をかわしあっている。私はというと、当然クラスの残りもの。常に教室で浮いている私は、こういうとき、いつもあまるんだ。  でも、どうして餅本くんは、私と机をくっつけようとしているのかな。  ふと周りを見渡すと、近くのグループで、三人だけのところがあった。 「あそこ、まだひとり入れるじゃん。あそこに入れてもらえば」  餅本くんが「えっ」と声をあげた。 「先生に、里々原さんといっしょにやれって、いわれたんだけど」  なるほど、そういうこと。 「私は大丈夫。隣のグループに入れてもらいなよ。一番前の席の子、仲いいんでしょ」 「え。なんで、そんなこというの?」 「はい?」  突然、餅本くんは不機嫌になってしまった。私、変なこといったのかな。  気が利いた言葉だったはずだし、いい方にもトゲはなかったと思うんだけど。 「僕は、里々原さんとやれって先生にいわれたんだよ。そういうルールなんだ。里々原さんが勝手に変えていいもんじゃないよ」 「ええ……?」 「ほら。僕らもはやく机をくっつけよう。さっそく他のグループよりも、遅れてる」 「は、はあ」  ズズズ、と力なく机を引きずると、そのひょうしに消しゴムが床に落ちてしまった。 転がってったほうへ、あわてて追いかけると、大人の手がそれをひろってくれた。  消しゴムを受け取ると、先生はにこっと笑う。お手本のような笑顔だ。 「ありがとう、ございます」 「里々原。どうだ。話し合い、できてるか?」  優しい先生なんだ。めったに怒らないし、クラスのみんなの意見すべてに耳を傾けてくれる、熱意のある大人。  みんなに平等で、ひいきなんてしない、理想の先生。  優しいイザヨイさんと同じなはずなのに、どうしても好きになれないのはなんでなんだろう。 「里々原? 聞こえなかったか? 話し合い……」 「ああ、問題ないです」 「……そうか。なら、よかった」  何もいわなければ〝何もないことになる〟。 先生は、安心した顔をして、他のグループの机へと行ってしまった。  私が、先生を好きになれない理由が分かった。他の子とは、楽しそうに笑いあっているくせに、私と話すときだけは、私の目を見て、話してくれないからだ。  教室の黒板の上に、このクラスの学級目標が貼られている。 【みんなの個性で 五年一組の キャンバスを 描こう】  少しホコリをかぶったその貼り紙が、じっとりと私を見下ろしている。
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