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俺の彼氏は最高
俺は桜が大嫌いだ。
何でかって? 理由はひとつしかない。
この時期ヤツらは大群で襲いかかってくるんだ。今年こそ、徹底的に排除してやる。
俺は防塵マスクに防塵メガネ、黒のパーカー付き長袖に黒の長ズボン、それからゴム手袋をした。ヤツらに挑むには、これぐらいの装備は必須なのだ。
「おーい、ハンディ掃除機の充電……って、毎年見るけどすごい格好だな」
隣の部屋からやってきた恋人の同棲相手は、俺の姿を見て笑う。毎年見てるならそろそろ慣れてよ、もう五年だぞ。
「充電はしてある。あとは俺がヤツらに勝つだけ……!」
「花粉相手に勝つも何もないと思うけど」
呆れたように言う恋人は、「じゃあ俺が中を掃除するから」と家を出ていった。そう、俺は毎年、この勝負に勝たなければいけないのだ。
俺は高圧洗浄機を取りに行くため、玄関で深呼吸する。時間との勝負だ、いざ行かん!
玄関のドアを開けると、まっすぐに倉庫へ向かう。そこに素早く入って目的の物を取り出すと、パパッとセッティング。その間に車の中のマットレスをすべて出した彼氏が、俺をサポートするべく車のドアを閉めた。よし、あとは高圧洗浄で、ヤツらを一掃するだけ!
ノズルの引き金を引くと、勢いよく水が出てくる。それを車に掛けると、うっすら黄色になっていた黒のボディが、本来の色を取り戻していった。
今年……今年こそは……!
「ぶぇっくしょん……!」
「うわっ!」
派手にくしゃみをした俺の手元が狂い、放水から避難していたはずの彼氏が水浸しになってしまう。とっさに引き金から手を離したけど、時すでに遅しだ。
◇◇
「ううー……っくし! ごめ……くしょん!」
数十分後、俺は着替えた彼氏の腕の中で涙と鼻水まみれになっていた。あれだけ装備をしたにも関わらず、侵入してくる花粉、恐るべし。
「いいよ。……なぁ、もう花見は諦めようぜ?」
「嫌だ!」
俺は顔を上げて彼氏に目線で訴える。毎年毎年、俺が花見ドライブしたいと言うたびに洗車も付き合ってくれるけど、早々に花粉に負けるので、行けずじまいだ。
「特に今年は酷いよ! ものの数分でこんなことになるなんて……へっくしょん!」
くしゃみと同時に出た鼻水を見て、彼氏がティッシュを渡してくれる。優しい。好き。
「だから、無理して行かなくても……」
「嫌だ! 俺の夢だったのに!」
満開の桜並木を車で通り抜けながら、コーヒーショップの新作を飲んだりして、オシャレなデートをしてみたかったんだ。なのに現実は鼻水と涙まみれで、オシャレの「お」の字もない。
「ううー、行きたいのに……花見なんて嫌いだ……へぶしっ」
「分かった分かった。じゃあせめて映える食事でも用意して、『花見してるつもりパーティー』するか?」
「いいねぇ!」
俺は思わず彼氏に抱きついた。ああもう、こういうところ堪らなく好き。グリグリと頭を胸に押し付けると、「鼻水が付く」と苦笑される。
鼻は詰まって苦しいし、視界は滲んでばかりだから桜も花見も春も嫌いだけど、やっぱり俺の彼氏は最高だ。
「だーいすき」
俺はにこりと笑うと、耳元でそう囁いてキスをした。
[完]
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