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洪鐘(おおがね)でキス
まさに満開である。山には山桜、町の並木も校庭も工場の外周も全てピンクに染まっている。
「おばあちゃん、今年は洪鐘祭りをやるらしいよ」
「ほんとかい?」
高宮愛が学校から戻り祖母の雅恵に報告した。新型ウイルスが世界に蔓延り3年間のパンデミックから漸く解放された。この春から外ではマスクが要らないと総理大臣が太鼓判を押したばかりである。
臨済宗大本山円覚寺。ここに収められている洪鐘(おおがね)は国宝である。文明12年、西暦1480年から60年ごとに開催され続けられている祭りがある。洪鐘(おおがね)祭り、洪鐘祭(こうしょうさい)とも言う。一番最近開催されたのが昭和40年4月8日9日である。当時北鎌女子の生徒で高宮雅恵も祭りの手伝いをしていた。
「おばあちゃんの初恋の人もくればいいのにね」
「もう60前のことさ。居場所も分からないのに知らせようがないさ」
「でもおばあちゃんはその人が好きだったんでしょ?」
「好きと言うより憧れていた」
「でも高校の先生とデートするなんておばあちゃん進んでる」
愛が冷かした。
「愛、誰にも言うんじゃないよ」
孫の愛は後輩にあたる。当時の雅恵と同じ齢になっていた。
「もっと詳しく知りたい。詳しく知れば調べられるかもしれないよ。そうだ捜そうよ、おばあちゃんの初恋の人を」
愛がせがんだ。
「円覚寺に行こう、弁天様に願掛けしてみようか」
雅恵もまんざらではない。会えるものなら会いたい。二人は小雨の円覚寺に足を向けた。
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