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「おばあちゃん痛い」
二人は正常な次元の中にいた。
「ごめんよ、お前が消えそうだったんだ。愛の肩から上がもやもやとしていたから思わず腕を握った。足が浮き上がっていたような気がしたよ」
「ほら、跡が付いた」
雅恵は力の限り愛の腕を握り締めていた。雅恵は跡が付いた愛の二の腕にハーと息を吹いてチチンプイプイとまじないを言った。愛が笑った。雅恵も笑った。
「さっきの人弁天堂から出て来て弁天堂に消えたよ。ここに住んでいるのかしら」
「お茶屋の人に訊いてみよう」
二人は茶屋の女将を呼んだ。
「つかぬことを窺いますがさっき洪鐘を突いた方はどちらに?」
「鐘ですか?いつですか?」
「まだ3分と経っていませんが」
「この鐘は国宝でして、許可なしでは突くことは出来ません」
「それじゃさっきの鐘の音は聴いていないんですか?男の人が弁天堂から出て来て鐘を突いてまた弁天堂に入って行きましたが」
「何かの見間違えじゃありませんか?」
「そんなことありません、あたしも見ました。浴衣に襷掛けをしたおじいさんです」
愛が雅恵の前に出て言った。
「もしかしてこの写真のひとですか?」
女将は一枚の写真を見せた。それは本来開催される予定の洪鐘祭は3年前だった。パンデミックで中止になったがその時制作された宣伝のちらしである。
「あっ、どこかで見た人だと思っていたけど、そうだこのチラシの人だ。この人が鐘を突いて弁天堂に入って行ったんです」
愛の話に女将は笑った。
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