洪鐘(おおがね)でキス

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「雅恵、お父さんはお前のことを一番に考えているのよ。お客さんが来なければ収入がない。このまま営業を続けて行けば切り崩していかなければならない。だからお父さんは決断したのよ。アパートにするの」 「アパートに?」 「そう、二間の部屋が10戸出来るでしょ。家賃収入は安定してるわ。お前にそれを残そうとお父さん必至なの」 「おじいちゃんが可哀そう。あたし、おじいちゃんと約束しているの。お父さんの跡を継ぐって。お父さんのやり方が悪いのよ、あたしだったらもっとお客さんを集められる」 「何てこと言うのこの子は、お父さんをそんな風に言うんじゃない。親に向かって恥ずかしくないのかい」 「お母さんもそんなだから駄目なのよ、だから潰れるのよ」  雅恵の頬に礼子の張り手が入った。雅恵は立ち上り外へ飛び出した。打った礼子は涙を流していた。  家を出た時の小雨はすっかり上がっていた。円覚寺の入り口で愛が手を振る。受付の男が頷いた。他の客に分からぬようにそっと入り口を抜ける。 「いつもお世話になっています」  雅恵が寺男の佐久間に一礼した。寺男も仕事量が多彩で、佐久間は主に受付や檀家との時間調整など事務仕事を熟している。高宮家は檀家ではないが地元円覚寺とは深く関わって来た。檀家の家族が泊りがけで来た時に宿を提供していた。そんな関係もありこれまで拝観料を一度も支払っていない。支払おうとしても受け取らない。 「なんか悪いわねいつも」 「いいのよ、佐久間さんあたしに気があるのよ」 「これっ、はしたない」  愛が舌を出して笑った。 「どうするおばあちゃん、折角だからぐるっと回る?雨も上がったし」 「そうしようかね、この先何回来られるか分からないからねえ」  雅恵も去年喜寿を迎え自慢だった足腰も衰えを感じている。
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