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「気にするな雅恵、生きているだけで運がいいんだ。感謝して生きるのが私の役目だと思っている」」
「先生、ごめんなさい。あたし知らないで急かしちゃって」
雅恵は今にも泣きそうである。
「よし、雅恵、先生を困らせた罰として先生の手を引いてくれ」
「はい」
相馬が差し出した手を雅恵がしっかり握った。右、左と相馬の歩くに合わせて雅恵も足を合わせた。生まれて初めて男の手を握った。それも全校生の憧れの的、相馬哲也である。相馬の手は白くて冷たい。
「長崎の先生の家は何をしていたの?」
「父も母も歴史の教師さ。大変な時期だった。戦後二人共教師を辞めてしまった」
「どうして?」
「子供達に嘘をついていたからさ。嘘の歴史を教えていたんだと泣いていたよ」
「ご両親は先生を辞めてどうしたの?」
「教会で働いていた。ボランティアみたいなもんだから貧しかった。僅かな畑をやっていてね、野菜の根から葉の先まで食べていたな」
相馬は想い出して微笑んでいた。
「ご両親は健在なんでしょ?」
「父は私が大学生の時に亡くなった。母はまだ教会で働いている」
「お母さん一人なんですか?」
「子供達がいっぱいいる。親の無い子がほとんどで母は賄いをやっている」
苦しい体験を笑顔で話す相馬に雅恵は一層魅かれていった。
「先生は長崎に帰るんですか?」
「母は戻る必要はないと言ってくれている。葬式も教会で上げてくれるから心配するなと話していた。私自身は迷っている。そう言えば私のことばかりで雅恵は何も話してくれないな」
雅恵は下を向いた。
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