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プロローグ
「今日のところは帰れって…!」
まだ湿気が少なくて、夜風が心地よい5月の深夜…目の前のタクシーのボディに、きらびやかなネオンが映る。
「まだそんなに酔ってないのに…龍の仕事ぶり、もう少し見たかった!」
そう言ったそばから足がふらついた。
ぼやけた視界に、目鼻立ちの整った男の顔が入ってきて、とっさにしっかりした腕に抱えられた。
「だ〜め…!里沙は酒に弱いくせによく飲むよな。…いいか?家に帰ったら水をコップ3杯飲むこと。それから家に着いたらメールもよこせよ?」
そう言うと龍は、先にタクシーに乗った友人の隣に、私をなかば抱えるようにして座らせた。
近寄ると香る…タバコの匂いと、いつもの龍の香り…。
「…それじゃ、お願いします」
運転席に回り込んだ龍が、私の家の住所と一万円札を渡し、私と友達に軽く手を上げて車から離れた。
…
「龍さんってホントにカッコいい人だよね…!ちょっと指名で通いたくなっちゃうんだけど!」
タクシーが走り出すと、友人は本当に彼氏じゃないの?と疑わしそうな顔で聞いてきた。
彼女は会社の同期、松村正美。
彼氏じゃないのかと疑われているのは、幼馴染みの甲本龍のこと。
正社員で働く仕事を持ちながら、ホストのバイトをはじめたという龍の店に、正美を誘って飲みに来たのだった。
「…ちがうよ。龍とは性別を超えた親友って感じで…」
え〜っ!もったいない…!と言う正美が、いかに龍がカッコよかったかを熱弁しはじめた。
そうだね〜…と生返事を繰り返して、私は窓の外を流れる景色を見つめていた。
もう夜中だから、灯りのともる家は少ない。
…龍が帰るのは何時なんだろう。
明け方までお酒飲むのかな…。
…ホストなんかはじめて…ほんとバカなんだから……!
でも…正直ちょっと焦った。
スーツを着た龍が、見たこともない大人の男の人に見えたから。
そんな龍が私に向かって微笑むのを見て、ドキン…と心臓が跳ねたのを感じて…この胸の高鳴りはいったいなんなのか、ちょっと考えを整理できないでいる。
「ほんとにもったいないよ?里沙と龍さん、すごくいい雰囲気だったのに…」
「…は??」
そんなのあり得ない…。
龍は22年間ずっと、一番そばにいる幼馴染みで、気のおけない男友達なんだから…。
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