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ついに訪れた新入生歓迎祭。
その日は授業もなく、学校全体がそわそわと慌ただしかった。
校庭に並ぶ出店からは美味しそうな匂いが漂い、教室では部活動の記録などの展示が生徒たちの目を楽しませる。
シアナたちアイドル研究部は、中庭に設営されたステージ脇の控室で緊張の時を迎えていた。エンタメの少ないこの世界、ステージを使って行われるのは生徒会長の開会の挨拶や各部活動の部長による部活紹介の演説などがほとんだ。
そのような使われ方しかしないステージは狭く、部室で使用しているステージと広さはほとんど変わらない。むしろ、初ライブが慣れた大きさのステージというのはちょうどいいようにも思えた。
シアナは控室の入口のカーテンをちらりと広げ、ステージ前の様子を窺う。そこに集まった生徒たちの会話がちらほらと聞こえた。
「アイドル研究部のライブ? とやらがあるらしいですわ」
「でも、アルタイル王子が関わってると……」
「私はクグイ王子が出るとお聞きしたので、気になりまして……!」
何が始まるのかという好奇心、そして出演者の名前に対する不安と高揚によって人々が集まっている。そんな様々な感情が入り乱れる独特の緊張感に、シアナは静かにカーテンを閉めた。
後ろを振り返れば、アルタイルたちがアイドル衣装に身を包み、その時を待っている。狭い控室にぎゅっと詰め込まれた煌びやかな姿のイケメンたちに、シアナはくらりと眩暈がした。
ここで気を遠くしている場合ではないと気を引き締め、改めてアイドルの卵となる彼らに向き直る。
「つっ、つつ、ついに本番ですね……!」
「分かり切ったこと改めて言うな」
そう返すアルタイルはいつも通りの落ち着いた声音だった。
王道のアイドルでアニュラス国に馴染みのある雰囲気にするため、衣装は王族が式典で着るような格式高い礼服をイメージして作った。アルタイルが赤、ベガが黄色、クグイが青とテーマカラーを決め、衣装の雰囲気も個性に合わせて少しずつデザインを変えている。
すると、ベガがつんつんと肘でアルタイルを突く。
「そんなこと言って緊張してるくせに~。朝ご飯の時も……むぐっ」
「余計なこと言うな」
アルタイルに口を塞がれたベガは、嬉しそうに目元を綻ばせている。朝食時に何があったのだろうとシアナは気になったが、クグイがふっと息を吐いた。
「人前に出ることは慣れているけど、今日はまた違う緊張感だね」
3人が並ぶ姿に、シアナとソフィアは改めて頷き合う。
見た目だけなら十分すぎるほどにアイドルだった。何より、3人で揃いの衣装を着ている姿が誇らしくさえある。
「円陣をやりましょう!」
ソフィアの提案に、アルタイルたちは首を傾げる。円陣事態は理解しているシアナだったが、前世でも今世でも経験がなく、どうしたものかと両隣をきょろきょろしてしまう。
「円陣とは、気合を入れる儀式ですわ! さぁ、ご一緒に!」
ソフィアが両隣にいるシアナとベガの肩に腕を回す。シアナはあわあわと照れを隠しきれなかったが、ベガは状況を察してさらに隣のアルタイルへと肩を回した。
「ほらほら~円陣でしょ! 円陣!」
ベガに促され、シアナとクグイもそっと互いの肩に腕を回す。最後まで腕を回そうとしないアルタイルに、全員の視線が突き刺さった。
「アル~?」
「……分かったよ」
渋々とアルタイルはベガとクグイの肩に腕を回した。肩というよりは背中に近かったが、それでも十分だとベガもクグイも笑みを見せる。
「さぁ、シアナ嬢。音頭を」
「こ、こういう時って何を言えば……!?」
5人で顔を付き合わせた中で、シアナはぐるぐると目を回す。そんなシアナを急かすように、アルタイルが舌打ちをする。
「早くしろ、この体勢いつまで続ける気だ」
「すみません……!」
そこで、何かを閃いたベガはあっと声を弾ませる。
「やっぱり、あれじゃない? ほら、俺たちの名前」
「で、では私に続く感じでお願いします……!」
シアナは小さく咳払いをすると、円陣の中央に一歩足を踏み出した。
「初ライブ、絶対成功させましょう! Star of……」
「「「「「Crown!!」」」」」
全員の声が綺麗に合わさり、ビリッと控室内の空気が響いた。
Star of Crown、それはロイヤルラバーズのテーマ曲のタイトルだ。ソフィアとの話し合いの結果、それが一番しっくりくると3人のグループ名に決めたのである。
開演時間と同時に、ふっと中庭を覆うように魔法で作った夜色の天幕がかかる。突然、暗くなったことで広がる観客のざわめき。そのざわめきを上塗りするように重厚な弦楽器の音が響き渡った。
それはギターではなく、コントラバスの音色だ。弦を指で弾いて紡がれる音色は聞き馴染みがあるものの、奏でられる曲調は新鮮でぐっと観客たちの注目がステージに集まる。
「アイドル研究部がお届けする、我らStar of Crown!」
ベガの突き抜けるような声と共に、ステージへと眩い光が収束していく。その光が人型を成した次の瞬間、そこに立っているのはアルタイル・ベガ・クグイの3人だった。
それぞれが剣を構え、その凜とした立ち姿に女子生徒たちの目は釘付けになる。彼らの胸には王冠の刺繍があり、その衣装を纏った彼らは星のように輝いていた。
次の瞬間、コントラバスの曲調は激しいものへと変わる。その曲に合わせて彼らは剣をふるい、アニュラス国の伝統的な型を美しく魅せた。
生徒たちにも馴染みのある型を完璧にシンクロさせた3人の姿に、わっと観客から声が上がる。
「ベガさま!!」
「クグイさまもアニュラス国の型を完璧に……!!」
「アルタイル王子も美しいわ……」
舞の最中、クグイがふわりと懐から取り出した紙たちを宙へ放る。それはアカトキ国の楽器となり、賑やかに曲を奏で始めた。シアナもコントラバスから三味線へと持ち替え、一気にステージは異国情緒溢れるステージへと変貌する。
そこで舞うのはアカトキ国の剣の型だ。アニュラス国とは剣を振り上げる動作も、足の捌き方も違ってくる。腰を低く落とした重心の低い型もあれば、突然鳥のように跳ねるしなやかな動作もある。
見慣れない、違うもの。しかし、剣の舞という繋がりから観客たちは違和感なくその世界に見惚れていた。むしろ、予想の付かない動きにはっと目を見開く者もいる。
その瞳に映るのは恐怖などのネガティブなものではなく、芸術品を見るようなうっとりとした色だった。
ベンッと三味線の音が響くと、シアナの楽器はコントラバスへと戻る。それを合図にしたように3人の剣の型もまた変わった。変わった、と思えばクグイを合図にまたアカトキ国の型へと戻っていく。そしてまた、ベガを機転にアニュラス国の型へと戻る。
曲の調子も上がっていき、曲に合わせて観客たちが身体のどこかでリズムを取り始めていた。ある者は指先で、またある者は小さく頭を揺らして。
その時、中庭を覆っていた夜色の天幕が取り払われる。突然、差し込んだ日の光を浴びて、アルタイルたちの持つ剣は花びらに覆われて形を変えていった。
花びらは観客席へと散りばめられ、その光景に見惚れていた観客たちはアルタイルたちの手元に艶やかな花が咲くのを見た。
それはアカトキ国の伝統工芸品である扇だ。
勢いよく開かれた扇には、アルタイル・ベガ・クグイのそれぞれをイメージした花が描かれている。扇を剣の代わりにして型を演じ、その型は少しずつアニュラス国のものでもアカトキ国のものでもない型へと変わっていく。
「ベガさまっ!」
観客の声に応えるように、ベガがパチンとウインクを飛ばす。それに撃ち抜かれた女子生徒は、へたりと隣の友人に倒れ掛かっていった。
その女子生徒の姿を見た周囲の観客も、それに倣うように声援を送る。
「クグイ王子……!」
その声に応えるように、彼は極上の笑みをふわりと浮かべた。その衝撃に倒れる女子生徒を舞台袖で見ていたシアナは、自然とファンサービスを身に着けている彼らに悲鳴を上げそうだった。
人前に立つことに慣れている彼らだからこそできた芸当かもしれない。
そんな中……
「あ……アルタイル王子!」
ひとりの生徒が戸惑いがちに声援を送る。
瞬間、その場にいた全員の視線がアルタイルへと注がれた。不安と期待が入り混じった視線をアルタイルは受け止める。
そして、ふっと口元に笑みを浮かべた。
その笑みはどこか、子供が褒められた時に照れ臭さから見せるような無邪気なものだった。
一瞬浮かべられたその表情を真横で見ていたベガは、はっと目を丸くする。
アルタイルは声援を送った女子生徒へと視線を向けると、舞の中でふわりと扇をひらめかせた。扇から飛んでいった紅色の花びらが、ひらひらと彼女の胸元へと飛んでいく。飛んでいく花びらは、ボルケーノドラゴンが残した燐光をシアナに思い出させた。
アルタイルから花びらを受け取った生徒が顔を上げた瞬間、ステージ上のアルタイルは口をバクバクと動す。
『ありがとな』
「……!」
そう読み取れる口の動きを確認した女子生徒は真っ赤になった顔から湯気を出し、呆然とその場に立ち尽くした。彼女の周りにいた生徒たちも同じ光景を見たらしく、ぽうっと夢でも見ているかのような表情を浮かべる。
ダ、ダン! とダンスと演奏が息を揃えて終止符を打つ。瞬間、舞台袖からは星を象った金色の紙が吹き出し、観客席へと降り注いだ。
星が降り注ぐキラキラと輝く景色とわぁっと湧き上がる歓声。
アルタイルたちは汗を滲ませて肩で息をしながら、ステージの前に広がるその光景を眺めていた。
「アイドルってすごいのね……!」
「この感動、どう伝えたらいいのでしょう……!」
自然と拍手が沸き起こり、ステージへと向けられる表情は輝くような笑顔に溢れていた。そんな表情を向けられたのは、一体どれくらいぶりだろう、とアルタイルは思い返してしまう。
もう見られないと諦めていた。嫌われることが自分の人生なのだ、と受け入れているつもりで、本当はそうでない人生を願っていたのかもしれない。
本当はこんな風に……
「っ……」
込み上げてきそうになる何かをアルタイルはぐっと飲み下す。しかし、目頭の熱さはすぐには引かなかった。ふぅと長い息を吐き出していたその時、
「うっ、うぅ……っ」
隣から聞こえてきた泣き声に、アルタイルはビクッと振り返る。そこでは、ベガがぼろぼろと涙を零していた。
「何だよ~、アルってば笑えんじゃん……」
「!」
消え入りそうなベガの声が届き、アルタイルは猛烈に胸の辺りがむず痒くなるのを感じた。ガシガシと頭を掻いていると、クグイがくすっと笑う。
「ほら、最後まで綺麗に締めないと」
そう呟くクグイの瞳もわずかに潤んでいることに気付いたアルタイルだったが、何も言わずベガの背中に手を添えた。そして、クグイの礼に揃えるようにベガの背中を押しながらアルタイルも礼をする。
再び沸き上がった観客の歓声を聞きながら、アルタイルたちは舞台袖へと戻っていった。
「いいステージでした!」
そう言って待ち構えていたシアナは、にこにこと嬉しそうに笑ってみせる。その指先は様々な楽器の練習で痛め、10本ほぼすべてに絆創膏を巻き付けていた。
「……」
「ど、どうしましたか?」
無言でシアナを見下ろせば、彼女はおろおろと視線を泳がせる。
シアナがいなければ、きっとステージ上の景色も自分の気持ちも知ることはできなかった。コーチをしている時も、練習も、この本番も楽しかったと、アルタイルはまだ素直に表には出せない。
けれど、ひとつだけ言っておきたいことがあった。
「『くだらない』ってセリフは取り消す……」
「!」
それは部活動勧誘が盛んだったあの頃、初めてシアナにアイドル研究部へと誘われた時にアルタイルが言い放ったセリフだった。
「ふふっ、分かっていただけて嬉しいです」
笑い返すシアナはとても満足そうで、本当はもっと言うべき言葉があるのに言えない口がアルタイルはもどかしかった。
アイドルを続けていれば、先ほどステージ上でやった口パクではなくシアナ本人にも感謝を伝えられるだろうか。
そんなことをアルタイルが考えていた時、観客席の歓声はひとつの言葉へと収束していく。
「アンコール! アンコール!」
控室に戻りかけていたベガたちを、シアナは慌てて呼び止めた。
「アンコールです! 行きましょう!」
再びステージへとアイドルの卵たちが駆けあがっていく。
待ち受けていた景色にはやはり笑顔が広がっていて、それは確かなライブの成功を思わせた。
そして、湧き上がる観客席の隅で第一王子・シリウスは壁によりかかるようにしてステージを眺める。
「楽しそうだね、アルタイル……」
彼がふっと笑えば、さらりとした黒髪が揺れる。前髪の下から覗く赤い瞳は、じっとアルタイルの姿を捉えているのだった。
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