Star of Crown

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 ベガの入部希望にフレーメン現象の猫よろしく、シアナはぽかーんと口を開けていた。 「シアナ嬢! 宇宙猫になってる場合じゃないですわ!」 「はっ……!」  ソフィアの喝に、シアナは我に返る。  入部届を差し出したままのベガに静々と歩み寄り、シアナは紙に記入された彼の名前と入部先の部活名に記入された『アイドル研究部』の文字を何度も目で追った。 「あの、アイドルにご興味が?」 「なんとなく面白そうだなぁって。このパンフレットもシアナちゃんが作ったんでしょ? 上手だよね」 「ありがとう、ございます……」  ベガの輝くような笑顔を前に、シアナは溶けそうになる自身の身体を維持するのに必死だった。そんなシアナの横から、ソフィアがベガの入部届を受け取る。 「では早速、先生方に提出してしまいましょう」  ソフィアは自身とベガの入部届を重ね、魔法の杖をくるりと振った。2枚の入部届が丸まって魔法の紐に括られ、鳥の羽のようなものが生えて飛んでいく。それは天井まで飛んでいくと、すうっと姿が見えなくなった。 「これで、私たちの入部は確定ですわ」 「記念すべき入部初日かぁ。何する? シアナ部長」 「ぶ、部長……っ!?」  ベガからの呼称にシアナはかっと体温が上がっていくのを感じた。シアナの驚きように、ソフィアは当然とばかりに頷く。 「発足した本人が部長に決まっているでしょう」 「ですが、おふたりの方が先輩ですし……」 「そういう遠慮はナシナシ! あ、そうだ!」  ベガが自身の魔法の杖をひゅん、とシアナに向かって振る。すると、シアナの左腕にキラキラと光が集まり始めた。戸惑うシアナに、ベガはくるくるっと杖を舞わせる。 「部長と言えば腕章だよね」 「そ、そうなんですか?」 「長を務める人間は何かしら印を持つものよ」  ソフィアが説明をしている間にも光が収まり、シアナの左腕には赤いリボンによる腕章が飾られた。リボンの結び目には、部室の天井に垂れ下がる星型正多面体のブローチまでついている。 「可愛い……」  素直に喜ぶシアナに、ベガは得意げな笑みを浮かべた。ソフィアも満足そうにシアナを眺めている。  部長として盛り立ててくれる2人を前に、おどおどし続けるわけにはいかないとシアナはベガにプレゼントされた腕章にそっと触れた。 「では、まずはベガ先輩にアイドルについて知っていただこうと思います」 「よろしくお願いしまーすって、俺だけ? ソフィアちゃんは?」 「私はすでに履修済みなので」 「履修?」  座席についたベガは首を傾げる。そんなベガの前でシアナは教卓を移動させ、すり鉢状の教室の底辺に小さなステージを作った。ステージと言っても、ただの板張りの床である。両端に天井から床まで垂れたカーテンが、舞台袖らしく見せているくらいだ。  そんなステージの中央に立ったソフィアに、シアナがこそこそと耳打ちをする。ただ、耳打ちする際のシアナの瞳はキラキラと尊敬の眼差しで輝いていた。 「まさかソフィア先輩の前世がダンス動画もあげるコスプレイヤーだったなんて……!」  シアナのあまりの熱量に、ソフィアはわずかに照れつつ視線を逸らす。 「い、いいから、さっさと準備なさい……!」  ソフィアが杖を自身に向けて振ると、華奢な身体のラインがみるみるうちに凛々しい青年の姿へと変わっていく。髪も短くなり、すっと伸びた立ち姿はそれだけで絵になった。  ソフィアの性転換魔法に見惚れつつも、シアナはベガに向かって説明を始める。 「早速、具体例を見てもらいます」 「具体例?」 「アイドルの本分はやはり、歌とダンス! 今回はベガ先輩が自身と重ねてイメージしやすいよう、ソフィア先輩に男性アイドルバージョンを披露していただきます」 「言葉で説明されるより助かる~」 「では……」  シアナも杖を振ると、光を集めた杖はギターへと形を変える。  ギターの弦をシアナが弾くと、ギターと共に現れたスピーカーからジャァンッと音が響いてベガの背筋がビンと伸びた。アコースティックギターはこの世界に存在しているものの、エレキギターの音を聞くのはベガにとって初めてだった。  シアナが演奏し始めたのは、ロイヤルラバーズがアニメ化された時のオープニング曲だ。その曲中でキャラクターたちが躍る演出があり、そのダンスをソフィアが再現することでアイドルを表現しようとしたのである。  その曲調もダンスも、この世界には存在しないものだった。完全な未知との遭遇に、ベガはトパーズ色の瞳をキラキラと輝かせる。ふっと上がっていく彼の口角に、シアナもつい笑みが零れた。 「──……と、このようなパフォーマンスによって……」 「すごい、すごいね! ソフィアちゃん? 今はソフィアくん? 踊りながらあんなに歌えるなんて!」  座席から立ち上がったベガはソフィアとシアナに駆け寄る。  ソフィアは性転換魔法の維持の限界を迎え、元の女性の姿に戻っていた。その表情はベガに褒められたことと、久しぶりに自身のやりたいことをできたという達成感に溢れている。 「この楽器も初めて見たよ! 面白い音だね!」  ベガはシアナから借りたギターの弦を興味深そうに爪弾いた。その様子を横目に、ソフィアがシアナにそっと囁く。 「元軽音部か何かだったの?」 「バンド系のアニメにハマって練習したものの、怖くて軽音部に入れなかったただのオタクです……」  当時を思い出してずんと沈むシアナを慰めるように、ソフィアはそっと肩に手を置いた。  魔法が切れてギターの形状を保てなくなった杖をベガがシアナに差し出す。 「さっきのって、1人でもカッコいいけど人数いた方が映えそうだよね?」  ただの直観なのか、ベガの鋭さにシアナは目を丸くした。  彼の直観は正しい。オープニングは攻略キャラクター6人に加え、シアナやソフィアなどの主要キャラクターも交えてみんなで踊る構成なのである。  それをソフィアがアレンジして1人で踊り切ってみせたのだが、何かベガには感じるものがあったらしい。 「そうですね。人が多いと振りつけの幅も広がりますし……」  思案するシアナと同じように、ベガもまた腕を組んで考え込む。  しかし、ぱっと腕を解いてソフィアに向き直った。 「とりあえず、さっきのダンス教えて!」 「えぇ、もちろん!」  ソフィアが振りつけを教え、振りが入ればシアナの演奏と合わせる。その最中で、シアナはベガのアイドル衣装の構想も練っていた。  そうして少しずつ形になっていく姿に、ほくほくと頬を緩めていた翌日……──  シアナとソフィアは昨日ベガが座っていた席の両隣に腰かけ、ずんと頭を項垂れていた。 「ベガ先輩、来ませんね……」 「入部届を出したとはいえ、拘束力は皆無ですから……」  面白そう、と言って入ってきたベガだ。実際に体験してみて面白くなかったと思えば来なくなる理由とはしては十分かもしれない。  けれど、ソフィアが躍る姿を見ていた時、彼は笑顔だった。ギターに触れる時も、ソフィアに振りつけを教えてもらう時も、笑っていた。  その笑みが全部、嘘だったとは思いたくない。なぜなら、あの笑みこそシアナが作りたかったエンターテインメントの力だからだ。 「……ベガ先輩を探してきます」  シアナが立ち上がったその時、 「ごめん、遅くなった……!」 「ベガせんぱ……っ!?」  慌てたベガの声と共に教室の扉が開く。シアナは喜ぶよりも、声の方へ振り返って見た光景に言葉を失くした。  教室に入ってくるベガは1人ではなかった。彼の後ろから教室に入ってきた人物に、ソフィアも一緒に硬直してしまう。  アニュラス国では見ない、絹のような美しい白髪と深い海を映し込んだような青い瞳。しゃなりと優美な彼の身のこなしは、どうしようもなく人の目を惹きつけた。 「紹介するよ。アカトキ国から留学に来てるグイグイ……じゃなかった、クグイ王子」 「初めまして。体験入部希望なのだけれど……」  クグイ王子もまた、ロイヤルラバーズの攻略キャラクターの1人だ。アニュラス国と同盟関係にあるアカトキ国の王子で、両国の架け橋となるためこの学園に留学している。  そんなクグイ王子の口から出てきた『体験入部』という単語を飲み込むまで、シアナはまるっと3秒はかかった。以前、パンフレットを渡した時は無下にはしなかったものの、そこまで乗り気という風にも見えなかったからだ。 「ベガから聞いたけど、見慣れない楽器を使うんだって?」 「は、はい……」  シアナは杖をギターの形に変形させると、クグイはそれをまた興味深そうに眺めた。 「確かに、アカトキ国でも見ない楽器だ。音も聞いてみたいな」 「で、では演奏させていただきます」  クグイの目的は分からないけれど、興味を持ってくれているならチャンスだった。  ギターの音を聞けば、彼はまた食い入るように見つめてくる。 「いいね、続けてくれるかい?」  彼は胸ポケットから魔法陣の書かれた紙を取り出した。その紙に息を吹きかければ、紙は三味線に似た楽器へと姿を変える。  そしてシアナの演奏に合わせ、彼は三味線で音を重ねた。最初は驚き演奏を止めそうになったシアナだったが、クグイの音にリードされるように旋律を紡いでいく。  互いの音が響き合う心地良さに、シアナは最初の緊張も解けて自然と音を楽しみ始めていた。  ソフィアとベガは、そんな2人の演奏に目を輝かせながら聞き惚れる。 「──……お粗末様でした」 「こ、こちらこそ……!」  曲が終わると、余韻を締めくくるようにクグイが美しいお辞儀をした。慌ててシアナも同じように礼を返せば、彼はくすっと上品な笑みを浮かべる。 「音は正直だからね、シアナさんは芸能に対してとても真摯的だ」  三味線が再び紙に戻ると、それをクグイは胸ポケットへと仕舞う。そして、また代わりに別の紙を取り出した。入部届と書かれたその紙に、シアナは目をパチパチと瞬かせる。 「私は、アニュラス国の人々にアカトキ国の文化をもっと知ってもらいたい。先ほどの君との演奏のように……アイドルで、それは目指せるのかな?」 「できます……!」  シアナの即答ぶりに、それまでおっとりとしていたクグイも目をみはる。 「アイドルはジャンルに囚われません! さまざまな異国のイメージやモチーフを使った曲もできますし、そこからファンの興味に繋がることもあります!」 「ファン?」 「アイドルを好きになり、応援する人のことです。クグイ先輩だったら、すぐにたくさんのファンもできて、きっとアカトキ国にもっと興味を持ってもらえるはずです!」  シアナの力説に、クグイは瞳を揺らした。  アニュラス国に来て、見目の美しさに人が寄ってくることはあっても、純粋に自国の文化を受け入れられたことはクグイにとって初めてだった。シアナとなら、今まで自分ひとりではできなかったことができるかもしれない。  そんな希望が、クグイの胸を揺らしたのである。 「体験入部だけのつもりだったけど、正式によろしく頼むね。部長さん」 「は、はい! こちらこそよろしくお願いします!」  クグイは入部届に名前とアイドル研究部の名前を書き込むと、それをふわりと宙に浮かべた。そのまま天井まで昇っていって、紙は姿を消す。  その光景を眺めていたソフィアが、隣にいるベガをちらりと見上げる。 「もしかして、クグイ王子を誘ってて今日遅くなったんですか?」 「やっぱり、あのダンスは人多い方がいいと思ってさ~」  ベガがもう飽きてしまったのでは、というのはシアナの杞憂だったらしい。むしろ、パフォーマンスをより向上させるためにクグイを誘っていたという積極性に感動した。 「じゃあ、早速グイグイも一緒に練習しよ!」 「お手柔らかに頼むよ」  シアナは感動しつつも、なぜベガがそこまで積極的なのか不思議に思ってしまう。  けれど、その理由は聞けないまま、その日の練習時間は過ぎていくのだった。 「お疲れ~!」  ベガは練習が終わると、練習場でもある教室をせっせと掃除し始める。  王立騎士団の団長の息子として、幼い頃から剣術の指南を徹底的に受けてきた彼だ。本人の緩い雰囲気とは裏腹に、練習中や練習の前後までストイックすぎるほどストイックである。  そんなベガの練習量についていけなかったクグイは、今は教室の隅で息を弾ませながら休んでいた。休みつつも、ソフィアと振りつけの細かい確認を口頭で行っている。  まさかこれほど熱の高い時間を過ごせると思っていなかったシアナは、前世でも感じたことのないような心地よい疲労に浸っていた。 「シアナちゃん、お疲れ様。指、大丈夫?」 「気付いてたんですか?」  ギターの弦を抑え続けていたシアナの指先はボロボロだった。前世でも通った道だったが、男爵令嬢として育ったシアナの手は前世よりもひ弱で指先が硬くなるにはまだまだ時間がかかりそうだ。 「練習の後半は弾き方に違和感あったけど、続けたさそうだったから」 「ありがとうございます、止めずにいてくれて」 「魔法で治そうか?」 「いえ、魔法で治すといつまでも指が硬くならないのでやめておきます」 「じゃあ、これあげる」  ベガはロール状になったテープの束を差し出した。それは、この世界で言う絆創膏だった。 「それいいよ。昔っから使ってる俺が保証する」  そう言って、彼は剣ダコでゴツゴツとした手の平をシアナに見せた。その手はアルタイルと、アニュラス国を守るための武人の手だ。  そんな彼がどうして…… 「どうして、こんなにアイドルに真剣になってくれるんですか?」  シアナの質問に、ベガは困ったように笑う。そうして、気まずそうにシアナから視線を逸らした。 「真剣って、まだ2日目でしょ? 三日坊主になるかもよ?」  真面目なベガのことだ。クグイという他人まで巻き込んで、突然放りだすとはシアナには思えなかった。  シアナが無言で彼の本心を探ろうと見つめる。その視線に根負けしたベガは、俯きつつぼそぼそっと消え入りそうな声で呟く。 「アルに、また笑ってほしくて……昔から舞台とか音楽とか好きだからさ」 「!」  アルタイルと兄弟のように育ってきたベガらしい本音に、シアナはきゅうっと胸が詰まる思いだった。誰かのために頑張れる彼を応援したいと、改めて心の底から情熱が沸き上がってくる。 「やりましょう! アルタイル先輩のためのライブ!」  シアナの言葉に、ベガはきょとんと目を見開いた。そしてふっと、その目が優しく細められていく。 「ありがと、部長さん」  ベガのその言葉には、照れくささと嬉しさが甘くまぶされているのだった。
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