Star of Crown

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 初ライブ以降、アルタイルはベガに引きずられて毎日のように部室へと顔を出すようになった。 「クグイ、雰囲気で誤魔化すな」 「バレちゃった?」  クグイはやれやれと肩を竦めてみせるも、口元は楽しそうに微笑んでいる。ベガもまた、そんな様子を楽しそうにしていた。 「お茶です」 「茶請けは?」 「マドレーヌです。プレーンとチョコの2種類」 「よし」  もはやアルタイル専用となったテーブルの上に、シアナがティーセットを並べる。その手つきも慣れたものだった。お茶請けについて彼が確認を怠らなくなったのは、初日にクグイからもらったワサビの煎餅がよほどの衝撃だったらしい。もちろん、良い意味ではない。  その時ふと、シアナはアルタイルの視線が高くなっていることに気付く。ライブではなく、コーチとして初めてここに来た時の彼は、椅子をいくつも使って寝そべっていた。  偉そうな態度は変わらないものの、いつの間にか寝そべることはなくなり、背もたれにゆったりと腰かけるようにしてベガとクグイの練習を見守っている。  ライブで笑顔を引き出すことはできなかったものの、徐々に指導へ熱が入って活き活きとしたアルタイルの姿がシアナは嬉しかった。ベガも同じように感じているのか、前以上に練習中は明るくなった。  ついでにこのままアルタイルも入部してくれないかな、とシアナは淡い期待まで抱いてしまう。 「ベガ、夢中になると前に出すぎる癖直せ」 「うわーごめん!」  ベガがとっと、と後ろに飛び退りクグイと位置を確認する。  シアナはそんなステージを目測で測りつつ、ふむと思案顔を浮かべた。 「確かに、次のライブステージは前に出すぎると落下する危険性があるので……」 「えっ、次のライブ決まったの?」 「先ほど生徒会から正式にOKの連絡が来ました。次のライブは、新入生歓迎祭です!」  入学式から約2ヵ月後に行われる新入生歓迎祭。  秋に行われる文化祭をコンパクトにまとめたような、比較的小さなお祭りである。出店やステージが学内に並ぶその日は、新入生同士、または新入生と先輩が交流を深めるための祭となっている。  そのステージ部門に関する参加要項の紙をシアナが広げると、ソフィア以外の3人が目を通し始めた。ソフィアはというと、魔動力ミシンで新たなステージ衣装を作りながら会話に入ってくる。 「まだ部活に入ってない新入生に興味を持ってもらうにもいい機会ですわ。現状、アイドル研究部はシアナさん以外全員2年生ですもの。もう1人か2人は1年生の部員がほしいですわね」  手元から一切視線を逸らさず、さらには裁縫作業の速度も落とさないまま喋るソフィアの器用さにシアナは胸の中で拍手を贈っていた。シアナも前世でコスプレイヤーの友人に頼まれて衣装作りを手伝っていた経験から裁縫はできるが、ソフィアの方が腕前は数段上だ。 「そういうことなら頑張らないと!」  ベガの前向きな声に、シアナも頷き返す。 「で、“普通の人間”視点でステージ作れるようになったのか?」  アルタイルの鋭い指摘に、ギクッとシアナは肩を跳ねさせた。 「新入生歓迎祭まで、ちょうどあと3週間だね」  指折り数えたクグイの呟きに、シアナはずんと頭を抱えた。 「こ、今週中には必ず答えを……」  もごもごと口籠りながら答えるシアナが座る椅子の背もたれに、アルタイルが勢いよく手をつく。覆いかぶさるように見下ろしてくるアルタイルに、シアナは怯えるように椅子の上で縮こまった。 「3日以内だ」 「み、みみ、3日……!?」  なぜかアルタイルに期限を指定され、その短さにもぎょっとした。 「演出、構成、衣装、パフォーマンスの練習……それを2週間足らずですべて完璧に仕上げられるか?」 「うっ……」  アルタイルの意見は至極正論だった。2週間とはいえ、放課後の時間しか使えないため実際はもっと厳しいはずだ。  アルタイルからの指摘である、アニュラス国の人も受け入れやすいパフォーマンスへの答えは未だ出ていない。  しかし、新入生歓迎祭のステージパフォーマンスに参加しないという選択肢はなかった。なぜなら、部活として認められる条件は、まだどちらもクリアできていないからだ。この新入生歓迎祭を逃せば、どちらも苦しくなることは明らかだった。 「答えが出ないなら、ステージはキャンセルするんだな」 「っ……」  シアナへと圧をかけながら、アルタイルはすいっと背後でベガと話しているクグイへと視線を向ける。その視線の意味にシアナは気付いた。  アニュラス国内のアカトキ国に対する理解はそこまで深くない。ここで下手にクグイと、アカトキ国の楽器を使ってしまえば、余計に理解が遠のいてしまう可能性もあった。  その懸念は王子としてか、それともアルタイル個人としてか。 どちらにしても、横柄に見えて周りを気遣うアルタイルの期待にはつい応えたくなってしまう。 「必ず、見つけ出します……!」  期限はあと3日。  しかし、その日もそして次の日も何も思い浮かばないまま、期限まで残り1日となってしまうのだった。  考えはまとまらず、夜も眠りの浅い日が続いているシアナはげっそりとしていた。授業中も上の空だったせいで授業が終わったことにも気付かず、いつの間にか教室にひとり取り残される始末だ。  すでに次の授業が始まっていることに気付き、慌てて次の教室を目指して走る。 「きゃーー! 見ました、今の!」 「えぇえぇ! 見ましたわ!」  突然、聞こえてきた黄色い声にシアナは足を止めた。  授業に遅刻している罪悪感はありつつも、つい気になって声のする方へと足を向ける。  声が聞こえてきたのは体育館だった。  3年生の体育の授業中らしく、女子生徒たちは自身の授業をそっちのけで壁際に並んで何かを眺めている。シアナは周りに見つからないよう、彼女たちの陰に隠れながら、そっと中を覗いた。  彼女たちの視線の先では、男子生徒たちが剣術の模擬試合を行っていた。この世界では基本的に魔法を使えるが、地域によっては魔法を使えなくなる場所もあるらしい。そんな場所へ出兵となった時のための訓練が、この剣術だ。  そして、今その模擬試合を行っているのが…… 「剣の腕前まで一流なんて、さすがシリウスさま……!」  ロイヤルラバーズの攻略キャラクターの1人。そして、アルタイルの異母兄弟であるアニュラス国第一王子、シリウス・フィル・ホメオスターシスだ。  王家の印である深紅の瞳はアルタイルと同じだ。ひとつに縛った艶やかな黒髪を翻し、線の細い体ながら自在に剣を操る姿は宗教画のように美しい。 「いえいえ、ベテルギウス会長も負けていませんわ!」  シリウスの相手をしているのは、こちらもまたロイヤルラバーズの攻略キャラクターの1人でこの学園の生徒会長、ベテルギウス・シンギュラリティである。  文武両道を地で行く彼は眼鏡の奥から翡翠色の瞳でシリウスを的確に捉え、果敢に剣を振って攻めた。 「はぁっ……!」 「っ……!」  ベテルギウスの隙を狙って、シリウスが鋭い突きを繰り出す。切っ先がベテルギウスのオリーブ色の髪を掠めるも、見事避け切った彼は再びシリウスと鍔迫り合いに持ち込んだ。 「今のはなかなかヒヤッとしましたよ、シリウスさま」 「降参するかい?」 「まさか!」  模擬刀とはいえ、息つく間もない攻防にシアナまでつい見惚れてしまう。そうして気付けば、興奮を抑えるようにキツく拳を握りしめていた。 「かっこいい……」  そこにいるだけで見惚れてしまう見目の美しさ。そんな2人がバチバチと剣を交える姿に、女子生徒たちが色めき立つのも無理はない。  並みの女子では、重さのある剣をあれほど素早く振り回すことは困難だろう。それを軽々とやってのける男子の姿にキュンとしてしまうのは、もはや本能かもしれない。前世でもスポーツ万能な男の子たちは大体モテていた。  その時、雷に打たれるような衝撃がシアナに走る。 「これだ……!」  思わず叫んでしまったシアナに、壁際にいた女子生徒たちが驚いて振り返る。 「え、新入生代表の……?」 「なんでこんなところに……?」  訝しむ彼女たちの声に、シアナははっと我に返る。顔をさっと隠しつつ、慌ててその場から逃げ出すのだった。  その日の放課後、シアナは部員を前にドキドキと速まる鼓動を抑えていた。  そしてやはり、当たり前のように部室に顔を出したアルタイルが切り出す。 「約束の3日目だが?」  シアナはその閃きに自信があった。自信があるからこそ、否定されたらどうしようという不安もある。何より、これを却下されたら完全にタイムオーバーだった。  まだ終わりたくない。今はまだ、エンタメの種が芽吹いてさえいないのだから。  きゅっと唇を引き結び、シアナは部員たちの顔を順番に見つめた。 「アイドルは歌とダンスで魅了する。その根本は変わりません」 「じゃあ、何を変えるっていうの?」  ソフィアの質問に、シアナは魔法の杖を振ってふわりとそれを作り出した。 「ダンスをポップ系ではなく、剣を使った舞に変えます!」  シアナは2本の模擬刀を掴み、それを合わせた。  その提案に、ソフィアが頬を紅潮させて立ち上がる。 「殺陣っぽくするってことねっ!」  真っ先に声を上げたのはソフィアだった。  殺陣だけでも立派なパフォーマンスだ。前世では殺陣に映像や音楽、さらに歌などを融合させて、また新たなエンターテインメントを作り出していたのである。  今回はそんな殺陣をベースにアイドルらしい演出を加えようと、シリウスとベテルギウスの模擬試合に盛り上がる女性陣を見て思いついたのだ。 「確かに、授業中に女子の熱い視線を感じることあるよね」 「感じるのは一部のやつだけだろ」  ベガが思い出したように呟くも、アルタイルは軽く一蹴した。  考え込んでいたクグイは、ふっと表情を和らげる。 「刀を用いた舞はアカトキ国にもあるよ。アニュラス国とは型がだいぶ違うけれど」 「アカトキ国とアニュラス国の剣の型をどちらも入れて構成してみるのはどうでしょうか?」 「どちらも?」 「例えば、最初はアニュラス国の型から始めます。そうすると、観客は見慣れたものだと入り込みやすいはずです。観客が集中しだしたところでアカトキ国の型を入れる。そしてまたアニュラス国の型に戻って……という繰り返しをしつつ、切り変わる間隔を短くテンポを上げていくことで盛り上げていきます。曲もお祭りらしくすれば、新入生歓迎祭の雰囲気にもマッチしますし……」 「アニュラス国とアカトキ国が混じり合うような演出か……」  シアナの言葉に想像を巡らせるように、クグイがじっと目を伏せた。ドキドキと次の言葉を待っていると、ふいにクグイがシアナを抱きしめた。 「ふぁっ!?」 「あぁ、ふふっ……本当にすごいね、君は!」  白檀の香りを纏う彼の色香に窒息してしまいそうになる。色白な頬を珍しく染めたクグイは、力加減も忘れてシアナをぎゅうぎゅうと包み込んだ。 「た、助け……っ」 「シアナ嬢、しっかり!」  シアナがキャパオーバーになっていることに気付いたソフィアが、クグイから引き剥がそうとする。しかし、それをさらに包み込むようにベガがシアナたちを丸ごと抱き締めた。 「ひゃぁ!?」  ソフィアまで悲鳴を上げ、カチンと身体を硬直させる。そんな女子2人に気付かず、ベガは飛び跳ねそうな勢いで喜んだ。 「剣なら任せて! ね、アル! 俺はすっごい良いと思うんだけど!」  一歩引いたところでアルタイルは冷静に4人の姿を見つめていた。その視線に気付いたシアナが、おずおずと尋ねる。 「そ、そういう感じでいかがでしょうか……?」 「……剣の舞と聞いて、ただオペラの真似事になるなら止めるつもりだった」  そこで言葉を区切ったアルタイルに、シアナの鼓動がドクドクと速まっていく。  期待で輝くシアナの瞳から逃げるように、アルタイルはガシガシと頭を掻いた。 「けど、どちらの型も入れて1つの曲にするアイデアは面白い」 「あ、ありがとうございます……!!」  ようやくクグイから解放されたシアナは、ぺこぺことアルタイルに礼をする。あまりにも礼をするシアナに段々と苛立ちを覚えたアルタイルは、次にシアナが顔を上げた瞬間、ガッと顎を掴んだ。 「お前、最近自己管理怠ってるだろ。祭の前にぶっ倒れるつもりか?」 「ふみまへんへひた……」(訳:すみませんでした)  言い方は怖いが、身体のことを心配してくれてるのかもしれない、と思うとシアナはついキュンとしてしまった。そんなことを考えてるとバレれば、そのまま顎を握りつぶされかねないので、感情を抑えることに努める。 「ひとつ提案なのだけれど」  クグイがつんつん、とアルタイルの肩をつつく。シアナから手を離したアルタイルは、首だけでクグイを振り返った。 「型ならベガに教えてもらえ」 「そうじゃなくて、私はアルタイルとベガと3人でやりたいな」  それはおそらく、ここにいる全員がずっと思っていたことだった。  前世の記憶では、アルタイルも他と見劣りしないくらい身体能力も優れていたはずだ。加えて、彼の審美眼はアイドル研究部で間違いなく中核を担いつつある。  そんなアルタイルが正式に入部してくれたら、なんと心強いことだろう。  シアナは目の前で、アルタイルの唇が何かを言いかけて閉じるのを見た。  何かを振り払うように落とされた視線は翳っている。そのままの瞳で顔を上げた彼は、昏い笑みを浮かべた。 「お前らがあんまりにもおざなりで哀れだったから、今までアドバイスしてやってただけだ。調子に乗るなよ」  吐き捨てるように呟き、アルタイルは教室を去っていく。  彼が去った後の部室は、ひどく静かだった。
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