Star of Crown

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 翌日になっても、アルタイルが部室を訪れることはなかった。ベガの手さえ振り切り、寮の自室へと帰ってしまったのだと言う。  テレビを見る父親のように、文句を言いつつもベガとクグイにアドバイスをしていたアルタイルがいない。その静けさに、どことなく部室は暗い空気が立ち込めていた。 「……さぁ、今日も練習頑張りましょう!」  シアナが努めて声を明るくするも、余計に物悲しくなってしまう。  それでも時間は待ってはくれない。  ベガとクグイが互いの剣術の型を教えあい、その横でシアナとソフィアが衣装やライブ演出を練る。衣装作りにも励みつつ、シアナには合間に舞と合わせる演奏の練習もあった。  そうして、あっという間に1日、2日……と時間が過ぎていく。  その日もアルタイルが来ない部室で、シアナはソフィアと共に教室の隅で衣装を作っていた。継ぎ合わせる布を探していると、布の間からはらりと1枚の紙が落ちる。  紙を拾い上げたシアナは、それがソフィアの記した衣装案だと気付いた。その衣装はベガのものでもクグイのものでもなく、アルタイルのものだ。 「あっ……!」  シアナがそれを見ていることに気付いたソフィアが、さっと紙を奪っていく。 「すみません、勝手に見てしまって……」 「いえ……私こそ大きな声を出してしまってごめんなさい」 「あの、もう一度見てもいいですか?」  シアナが尋ねると、ソフィアは逡巡しつつも静かに紙を差し出した。  ベースは同じ衣装でもベガは溌剌とした元気さを、クグイは妖艶な色っぽさを引き出すようデザインされていた。アルタイルの衣装もまた、彼のワイルドさを引き出すようなデザインで、シアナはこの衣装を着た彼の姿を想像してしまう。 「これ、かっこいいですね」 「……アルタイルさまが毎日ここに来てくださるようになって、つい考えてしまったの」  そう呟きながら、ソフィアはアルタイルが毎日座っていた席を見つめる。その隣には、何も置かれていないテーブルがぽつんと立っていた。 「だけどやっぱり、夢だったわ」 「……」  ソフィアだけではない。シアナも、ベガとクグイと一緒にアルタイルがステージに立ったらと想像していた。そうなったら一体どんなステージが見られるのだろうと、寝る前に想像してなかなか寝付けなくなる夜もあった。 「夢で終わらせない方法って、ないんでしょうか……」  思わずシアナが呟くと、ソフィアがじっと視線を据える。悪役令嬢らしい鋭い視線に、自然とシアナは背筋を伸ばした。 「この世界に生まれてからずっと、エンタメが少ないと私はただぼやくだけだった。だけど、あなたは違うでしょう?」 「え……?」 「あなたは自分で変えようとした。だったらまた、きっと同じように変えられるわ」  シアナが伸ばした背を、ソフィアのその言葉がそっと押してくれるようだった。  作業の途中だった衣装を置き、シアナは立ち上がる。 「すみません、少し出かけてきます」 「行ってらっしゃい」  シアナは頷き返すと、部室を飛び出していく。  そんな背中に向けるソフィアの視線は、途中でふっと切なげに落とされた。 「私ではきっと、無理だから……」  そんなソフィアの呟きは、ミシンの音によって掻き消されるのだった。  前世でゲームをプレイした記憶によれば、放課後のアルタイルは独りになれる場所を好んだ。場所の候補としては寮や図書館だ。  まずは部室からも近い図書館に行ってみるもアルタイルの姿はない。  次の候補の男子寮だが、女子の入室は禁制である。しばらく入口付近で待っていたものの、アルタイルが姿を現すことはなかった。いっそ魔法で姿を変えて忍び込むことも考えたが、寮の入口には魔法を感知するシステムがあり、バレたら大目玉だ。  入口の前でおろおろしていると、寮の中から上級生の男子生徒2人組が出てくる。 「あれ、新入生代表の子じゃない?」 「こんなとこで何してんの?」  距離感も近く、妙に馴れ馴れしい態度にシアナは嫌なものを感じた。しかし、寮から出てきたのなら話を聞くチャンスでもある。 「あの、ア、アルタイル先輩は寮に戻られているでしょうか?」 「第二王子? 何、告白でもするの?」 「へっ!?」  まさかの質問返しに、シアナは驚きの声を上げることしかできなかった。違う、と言い募る間もなく、男子生徒は薄ら笑いを浮かべる。 「やめときなよ、第二王子は」  そんな言葉に、シアナは顔を強張らせた。 「なぜですか……?」 「知らないの? 第二王子の母親は国中の嫌われ者さ」 「妾だったくせに、皇后になってからは好き放題だからな」  シリウスとアルタイルは次期国王候補と言われているが、血筋や生まれの順であれば間違いなくシリウス王子が優勢だ。しかし、アルタイルの母は自身の子、つまりアルタイルが王になることを望んでいる。  そのため、城内を管理できる皇后という権利を使い、彼女は間接的にシリウスを冷遇し、さらには悪い噂まで広める始末だ。  それをよく思わない家臣たちは、国王に皇后への苦言を述べた。だが、国王は皇后の美しさに骨抜きにされてしまい家臣たちの言葉は届かない。そんな国王に強く反発していたとある宰相は、見せしめのように処刑されてしまった。  それ以降、表立って皇后を批難する者は減ったが、より強い反発心を家臣や貴族たちの心に植え付けてしまっているのである。その矛先は皇后だけでなく、アルタイルにも向けられていた。 「いっそ、あいつが生まれてこなければ、皇后もここまで調子に乗らなかっただろうに」 「たとえ王になったとしても、戴冠式で殺されるさ」 「……!」  ニタリとした嫌な笑みを浮かべながら話す彼らから、シアナはそっと数歩下がる。これ以上、彼らの話を聞いていたくなかった。  国王は子供を顧みるような人間ではなく、母親は権力にしか執着がない。周囲の人間はそんな両親の子供であるアルタイルを嫌悪の対象として蔑み、生まれてこなければ、と囁いた。幼少期からそんな環境で過ごしてきた彼は、心を閉ざすことで自身を守ってきたのである。  傷ついてきたからこそ周囲に対する心遣いも人一倍あるのに、弱さを受け止めてくれる人が周囲にいなかった彼は素直に態度で示す術を忘れてしまった。この学園でも、アルタイルは卑しい皇后の息子という色眼鏡でしか見られていない。  アルタイルの現状は、前世の記憶からシアナは理解したつもりでいた。それを今改めて突きつけられ、最後に見たアルタイルの表情を思い出してはっとする。  アルタイルはわざと憎まれ口を叩いて、シアナたちと距離を取ろうとしたのではないか、と。  目の前の男子生徒や同じようにアルタイルを色眼鏡で見ている他の生徒から、アルタイルと一緒にいることでシアナたちまで余計な噂を立てられないように。  ゲームのシナリオでもそうだ。アルタイルを気にかける主人公を、仲が深まるほど彼はわざと突き放していた。  シナリオからかなり逸脱し、ゲームのように好感度を確認することもできない状況で確信は持てない。けれど、あれだけベガたちの指導に熱を持ち始めていたアルタイルの姿は、ただの哀れみでなかったと信じたい。 「……で、暇なら俺たちと遊ばない?」 「いえ……」  シアナは胸ポケットに挿していたボールペンのような木の枝を取り出す。木の枝には魔法陣の文様が彫られ、魔力を溜めたチャームがついていた。  それを宙で一振りすると、ぶわりとシアナの周りに風が巻き起こり木の枝は箒へと姿を変えた。巻き起こった風によろめく男子生徒を横目に、シアナは箒に跨ってふわりと浮き上がる。 「私はアルタイル先輩を探します」  寮にもいないとなれば、残るは箒で空中散歩に出かけているという可能性だ。  学校の周辺を飛び回っていると、徐々に日が傾き暗くなってくる。そんな時、学校の裏手にある森の上でふわふわと浮かぶ箒を見つけた。 「アルタイル先輩!」 「は?」  シアナの声が聞こえたアルタイルは、眉間に深い皺を刻む。そして、箒を握り直すとシアナから逃げるように箒を加速させた。 「どうして逃げるんですか!?」 「お前が来たからだろ!」  シアナもまた箒を握り直して加速させる。風を切る音が鋭くなるのを感じつつも、視線は前を飛ぶアルタイルから逸らさなかった。 「もう、部室には来ていただけないんですか!」 「そもそも入部してないからな!」  風の音に負けないよう互いに声を張り上げながら、上空での鬼ごっこは続く。  その時、地鳴りのような低音が辺りに轟き、シアナは思わず耳を塞いだ。 「何……?」  周りを見回すも、何も変化はない。ただ、言い知れぬ恐怖に背筋に冷たいものが滑り落ちる。 「っ、上だ……!」 「!?」  アルタイルの声に、シアナは勢いよく上を見上げた。白い雲の中に巨大な影が見えたと思った次の瞬間、赤い鱗を纏ったドラゴンが羽を広げて急降下してくる。先ほど響き渡った低音を、さらに凝縮させたような咆哮をぶつけられたシアナは恐怖でその場に凍り付いた。 「ウォカーレ!」  アルタイルの詠唱により、シアナの身体がぐんっと引き寄せられる。アルタイルの腕にそのまま引き寄せられたことに驚くのも束の間、ドラゴンの羽ばたきによる風圧に巻き込まれ、箒はコントロールを失った。 「くそっ……!」 「サリーレ!」  シアナが目前に迫る地面へと杖を向けて叫んだ。魔法をかけられた木々の葉が寄り集まってシアナとアルタイルを受け止めると、トランポリンのようにぽよんと2人を跳ね上げる。  落下の衝撃を吸収した葉の上に転がりながら、2人は上空を飛んでいくドラゴンを眺めていた。ドラゴンは2人の存在に見向きもせず、遠くの空を悠々と滑空する。 「……襲ってきたわけじゃ、ないんですね」 「ボルケーノドラゴンだ。住んでた火山の活動が落ち着いたかなんかで、別の活火山を探してる途中なんだろうな」 「初めて本物見ました」 「俺だってそうだ。そうそう見られるものじゃない」  ボルケーノドラゴンが飛んでいった軌跡には、火花のような赤い燐光が見えた。夕暮れと夜の狭間の空の中で赤い燐光が残る景色は美しく、ついシアナはぼうっと眺めてしまう。 「そろそろどけ」 「……!」  落下する時にアルタイルがシアナを庇うように下になっていた。そのまま、ドラゴンの存在に圧倒されて忘れていたが、アルタイルに腕枕をされているような状態になっていることにようやくシアナは気付く。 「す、すみません! すみません!!」  慌てて距離を取ろうとするが、2人が乗っている葉のベッドはぼよぼよと弾力があった。シアナが身体を起こそうとするも、手をついたそこがぼよんと跳ねて、アルタイルの上に再び倒れ込んでしまう。 「っ……!!」  アルタイルの胸の上に倒れたシアナは、そこでバチリとアルタイルと視線を交わらせた。深紅の瞳の中に自分の映り込む姿が見えて、さらに互いの呼吸が触れ合いそうな距離に全身の毛がぶわりと粟立つ。 「は、はわ…わわ……」 「先に魔法解けよ!」 「はいぃぃ!!」  アルタイルの喝にシアナは魔法を解いた。地面に降り立つと、アルタイルが改めて自身の箒を出現させる。 「これ以上暗くなる前にさっさと帰るぞ」 「それが、あの……」  シアナは半分に折れた木の枝を手の平に乗せてアルタイルに見せた。落下の時に折れてしまったのだ。  箒や杖などの魔道具は繊細で、簡単に魔法で修復できるようなものではない。歩いて帰ることを覚悟していたシアナの前で、アルタイルは呆れたように大きな溜息を零す。 「……乗れ」 「え?」 「お前くらいなら重量制限内だ」 「え???」  呆然としている間にもシアナは腕を引かれ、アルタイルの前に座らされた。浮き上がっていく箒を咄嗟に掴むも、背中に感じるアルタイルの体温に心臓がドクドクと騒がしい。おまけに空中でのバランスを取るために、アルタイルはシアナをすっぽりと腕で包み込むように箒の前へと手を添えていた。  こんなのシナリオの中にもなかった! と緊張でカチコチに硬くなかった身体の中で心臓だけがドクドクと飛び跳ねている。  しかし、学校が見えてくるとアルタイルが再び溜息を吐いた。 「学校の手前で下ろすからな。寮までは歩いて帰れ」 「じゅ、十分すぎるほどです。ありがとうございます」  お礼を言いつつも、それもまた彼が自分と一緒にいるところを他の生徒に見られないようにするための配慮なのでは、とシアナは想像した。  涼やかな夕方の風に頬を撫でられながら、シアナはふと呟く。 「ボルケーノドラゴンを見た者には幸福が訪れる、と本で読みました」 「迷信だろ」 「受け取り手次第ですよ。一緒にドラゴンを見たアルタイル先輩もいれば、新入生歓迎祭はきっと大成功です」  ちらっとシアナが肩越しに振り返れば、アルタイルは自嘲気味な笑みを浮かべる。 「生まれてこなければよかった、と言われ続けた俺がドラゴンを見たくらいで幸福を運べるって?」 「……私は、アルタイル先輩に救われましたよ」  前世でも、今世でも、アルタイルの存在に救われた。シアナにとってエンタメの原点は、ずっとアルタイルを始めとするロイヤルラバーズのキャラクターたちだ。  特にアルタイルは、前世で最初にシナリオをプレイしたキャラクターだった。アルタイルに惹かれたからこそ、他のキャラクターたちへの愛も深めていけたのである。  シアナの「救われた」という嘘偽りのない言葉に、アルタイルは何も答えなかった。  無言のまま箒は宙を飛び、やがて学校の裏門の手前に降り立つ。去っていこうとするアルタイルの背に、シアナは問いかけた。 「アルタイル先輩は、アイドルやりたくないですか?」 「……」  あんなに真剣だったものに、何の思入れもないとは思えない。彼なりの気遣いや遠慮であるなら、諦めてほしくはなかった。 「先輩のアドバイスをもらった次のステージは自信があります! 他のことなんてどうでもよくなるくらいの感動を届けられるって!」  城の事情を今すぐどうこうすることは、今のシアナにはできない。けれど、エンタメの中で輝くアルタイルなら、きっと周りの色眼鏡も取り去ってしまえるはずだ。 「やりたいならやりましょう! 死んでから後悔しても、時間は戻ってきません」  アルタイルは半身だけ、ちらりとシアナの方に向けた。 「まるで死んだことがあるみたいなセリフだな」 「そ、そそ、そんなわけ……っ」  ドキッと肩を跳ねさせるシアナに、アルタイルはふんと不敵な笑みを浮かべる。そして今度こそ、シアナへ正面から向き直った。 「たかが部活の発表会に一国の王子を引きずりだそうとは、なかなか据わった根性だ」 「内心は戦々恐々ですよ……」  シアナはその紙をいつかその日が来れば、とずっと制服のポケットに忍ばせていた。それは、入部先に『アイドル研究部』とだけ記した入部届だ。  その紙をアルタイルへと差し出す。 「でも、責任は取ります。部長なので」 「そりゃ面白い」  アルタイルは杖を振り、さらさらと入部届にサインする。そして、その紙をすっかり暗くなった空に飛ばした。 「……たかが男爵令嬢がどこまで責任取れるのか見ものだな」  アルタイルの言葉に、シアナは冷や汗を浮かべる。  それでも、空に消えていった入部届に胸の中でガッツポーズを作るのだった。
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