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「十夜って学校に嫌いな奴が居ないよな」
「だな。だって嫌いになる理由が特に無い」
「嫌な事をしない奴はみんな好きってことか」
「んー……まあ、そんなとこじゃね?」
……雑談の合間の気の無い返事に机に伏して微睡んでいた頭がゆっくりと持ち上がる。茶に染めた頭髪が窓の外からの風にそよぎ、目にかかる長さの前髪をさらさらと脇に避けていく。黒目がちな瞳は春の陽を浴びて光の粒子を散りばめたように輝き俺は思わず目を見張った。──陳腐な台詞にはなってしまうが、綺麗だと思った。普段は隠れているものが顕になることに沸き立つ人間の気持ちが、この時ばかりは少しだけ分かる気がする。
しかしそんな染み入るような感情も、しばらくの沈黙を挟んだあとに唐突に放り込まれた爆弾によって彼方に吹き飛ぶ事になる。人の事を見ていないようで誰よりも観察している、目の前の少年──肇の悪い癖が出たのだ。
「──ならさ、俺の事はだーい好きだろ」
鼓膜をくすぐる声に思わず──ガタッ、と。読んでいた本を盛大な音を立てて落とした。ハードカバーの背表紙は床に強かに打ち付けられ、そこに意志を紡ぐ唇があったならば確実に不平のひとつも口にしていたことだろう。
「な、」
何で。違う、いきなりなにを言うのか。
無意味に開閉する口からは意味を為さない声が漏れ、耳元に熱が集まりそこから頬に熱さが伝播する。
動揺を顕にした俺に、肇は眠たげな眼を向けた。
「てきとう」
──そして、心の底から楽しげに肇は微笑む。その時に悟った。今の言葉は本気で言っていたのではない、俺はカマを掛けられただけなのだと。俺は居た堪れない気持ちになると小さく舌打ちをしてから、落とした本を拾おうと屈み込んだ。
「……揶揄うなら他の奴にしとけ」
「酷いな、揶揄ってないよ」
目で見なくとも肩を竦めてみせるさまがありありと分かる。次いで不平をぶつけようと顔を上げれば、間近に肇の顔があった。思わず上げかけた悲鳴を喉奥へと押し込める。
「!っ」
肇の眠たげな眼が、今だけは捕食者の目に見えた。
──
「からかってない。誰よりもそばでずっと、ずーっと見てたのはおまえだけじゃないんだよ。なぁ、十夜」
──俺も同じだけ、お前を見てきたんだよ。
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