海辺の拾い物

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そんな不思議系ぼんやりさんなシオと俺の出逢いはおよそ一年前。わざわざ記憶を辿らなくても鮮明に思い出せるくらい覚えてる。 どうやって出逢ったか。平たく言うと、俺が拾った。道に落ちてた。何がって、彼がだ。 何をどうしたらこんなきらきら美青年を拾うなんてことがあるのか全くもって分かったもんじゃないが、間違ってもいない。だってマジで拾ったんだもん。 あれは確かまだ雪がちらほら降る冬の日だった。疲れたバイト帰りに、俺が住んでるボロアパートの前までようやくたどり着いたと思ったら、階段のところにシオが落ちてた。 一瞬事件かと思って焦った。めちゃめちゃ焦って駆け寄って、パトカーか救急車か?いやまずはどうするのが正しいんだ?なんてぐるぐるしながらスマホを取り出すとその手を掴まれて、飛び上がるほど驚いたのを覚えてる。あれ、多分人生で一、二を争うくらい驚いた瞬間だったよ。 でも意識があるんだってホッとして、ものすごくホッとして、それからとりあえずどこか怪我してるのか、痛いところはないか、どこから来たのかとか質問責めにした気がする。あの時の俺は多分まだめちゃめちゃパニクってた。 そんで彼が名乗る前に、ぐうううっと大きい腹の虫が鳴いて。そのまま自分の部屋に連れてって、冷蔵庫にあったもので適当に炒飯みたいなものを作って食わせて。 こんな漫画みたいなことあるんだなんて思いながらばくばくと元気に米を頬張る顔を見て、そこで初めてめっちゃ綺麗なひとだったんだなってことに気がついた。それまで色々と夢中だったから、ぶっちゃけ顔どころじゃなかったのかも。 頬に米がついてても絵になるってすごい。でも何より、元気で飯食ってくれてる安心感が一番だった。 まるで子猫でも拾ったみたいな感じで、とにかく俺はせっせと彼の世話をした。その時の彼の服装といったら冬なのに薄着もいいとこで、あのまま放っておいたらと思うと今でもゾッとする。こんな俺だけど見つけて良かった。マジで。本当に。いやマジで。 そうしてご飯を食べたり風呂に入らせたりして落ち着いてから、ぽつりぽつりと話を聞いた。どこから来たのかは聞かなかったが、長いこと歩いて空腹だったこと、力尽きてあそこで寝てたらしいこと、住んでいた場所には事情があって戻れないらしいことなんかを聞いた。 それって結構大変じゃないのか。警察に相談しようかとも思ったが彼が本当に子猫みたいな、その上迷子みたいな心細そうな顔をするのでとりあえずその日はうちにいていいことにした。迷子なら、本当は交番にでもに行くべきなんだろうけど。 それでももしかしたら誰かが探してるんじゃないのって訊くと彼は少し黙って、ふるふると首を横に振るだけだった。 「…ここがいい。ここにいたい」 ぽつりと零れた言葉は空気に触れてすぐ溶ける。でも、俺は聞いてしまったし、見つけてしまった。 まぁ、外寒いし。夜はまだまだ冷えるし。雪も降ったりするし。家の中もぬくぬくとまではいかないけど、雪が降る外よりはずっとましだろうな。 何よりきっと、寂しくないし。 それにしても問題はまだあって。何せ俺が住んでいるのは所詮一人暮らしの学生の家だ。ソファーとか、客用の布団がある方が多分珍しいと思う。俺の感覚だけど。 今思うとやっぱりどうかしてたとは思う。けれどあの時はバイトと謎の青年の出現で疲れきってて色々と思考が働かなくなっていた。ただとにかく俺だって温かい布団で寝たかったが、俺が拾った彼を床で寝かせるなんてことができるはずもなくて。 結局その日はシングルのベッドで二人でぎゅうぎゅうになって寝て、起きてまた飯食って、休みの日だったので洗濯したりちょっと掃除したりして。 色々と雑談はしたけれど、彼についてあの日聞いた以上のことを、俺が尋ねることも彼が話すこともなかった。まぁ色々あるもんな。
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