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4.準備
「パーティー?」
「あぁ、十日後に屋敷全体でやるらしいぞ」
「それに僕達も参加出来るんですか?」
「らしいな」
いつものように窓を拭きながら世間話をしていたら流れてきた情報。なんでも、ライルの快気祝いなのだと。
ライルが目覚めて四月ほど経つが、今頃快気パーティーとは何の気まぐれであろうか。
リクは金持ちの考えは分からないなと思いながらも、パーティーに並ぶ豪華絢爛な料理を思い浮かべて喉をならした。
使用人も参加して良いのであれば自分も料理を食べる権限があるはずだ。
運ばれていくのを遠いところから見ていただけだった物が目の前で見れるかもしれない。更には口に出来るかもしれない。
それはそれは魅力的な料理が並ぶのだろう。食べたことのない、びっくりするような味の料理もあるかもしれない。
もちろんデザートだって豊富にあるはずだ。
「楽しみだなぁ……」
まずは肉料理から食べようか。もしくは珍しい魚料理を十分に堪能するのも良い。
それより満腹になる前にデザートに手を出すのも良いかもしれない。
彩り鮮やかな料理を楽しく想像しながら、リクはいつにも増して精力的に仕事をこなしていった。
* * *
「パーティーの準備はどうなっている」
「滞り無く進んでるよ」
「言葉遣い」
「進んでます」
取引先の書類に目を通しながら顔も上げずにライルが問う。その問いに答えたのはまだ若い家臣だ。
以前、正しくはライルが寝込む前は別の家臣が就いていた。
年配でベテランの腕の立つ家臣だったのだが、ライルは目覚めて真っ先に彼を切った。
寝たきりになって数日はライルの元を訪れていたのは覚えている。
しかし次第に声は聞こえなくなり、数月して久しぶりに声がしたかと思えば、
『まったく、さっさとくたばって頂けないもんかね。でなければ私が次の役職につけんじゃないか』
と呟いたのを聞いてしまったのだ。
ライルが目覚めた時は涙ぐみながら大げさなほど感動した様子で部屋に入ってきたが、その場でライルが役職を切ったのは当然と言えよう。
今ではナジャーハ家の者と直接関わる事のないような場所で働いている。跡取り息子の家臣からの大幅な左遷だ。
そんなこんなで新たに家臣として就いたのはライルより少し若い青年だった。
名をカルイと言う。金髪に近い明るい髪は後ろの一部だけ伸ばして三編みにしている。
ライルが幼い頃に何度か共に遊んだり、悪巧みをして叱られた経験を持つ。
仕事が出来る方では無かったが、やや人間不信に陥っているライルにとっては数少ないそばに置いても安心出来る人物であった。
「でも前は快気パーティーなんていらないって言ってたのに、どういう風の吹き回しだよ──ですか? けっこう面倒くさいんだけど……」
「カルイ、いい加減まともな敬語を使え。それに面倒くさいと思っても口に出すな」
なんせこの青年、思った事をそのまま口に出す。普通ならば家臣には適さないが、今のライルにとってはやや困る事があっても裏表のない言動が安心できたのだ。
「それで、何で今頃パーティーなんですか?」
「……今仕事中だ。世間話は控えろ」
「んな事言ってたら一生喋れないじゃん。ライル様起きてから寝るまで仕事してるしさ」
「……」
書類を一応整理するふりをしながらカルイが話しかける。
そんなカルイにライルは仕方ないというように手を止め、顔を上げた。
「人を探してる」
「人? 誰?」
「知らん」
「知らない人を探してんの!?」
そんな無茶な、と驚くカルイは当然の反応だ。
それをライルも分かっているつもりだが、少し苛ついたので腹いせに紙くずを投げつけた。
「投げるなよ……だって知らない人を探すって意味わかんねーもん」
「そんな事など私も重々承知している」
「じゃあ何で怒んだよ」
「お前の顔に腹がたった」
「八つ当たりじゃんっ!」
隣で喚くカルイを無視してライルは書類に視線を戻した。そんなライルにカルイはぶーたれながらも渋々仕事に戻る。
しかしまだ話し足りなかったようで、手を動かすふりをしながらまたライルへと話し始めた。
「それで、挨拶に来た者に贈呈品を準備してるわけか。でも相手が分かんないのに挨拶来られても分かんなくね?」
「いや分かる……はずだ」
「ふーん……」
ライルのハッキリしない言い分に顔を上げたカルイ。そこで見たのはどこか不安そうな、しかし諦める事を知らない友人の姿だった。
「そんなに大切な人なんだ?」
「あぁ」
「見つかると良いな」
「……見つけてみせるさ」
ひゅ~っと口笛を吹いてはやし立てるカルイに、今度は拳骨が飛んでくる。
知らない間に様々な思惑が交差する。パーティーの日は近い。
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