彼らの日常

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「えっ? マジ? 俺もナンパの仕方分かんないから、こないだテレビのコントでやってたの真似したんだけど」 「恵まれた男たちの会話だなぁ……。きっとナンパに一生懸命になってる男性たちが悔しがると思うよ」  他人事で言うと、慎也は「わかんね」と笑ってペロッと舌を出した。 「ねぇ、優美ちゃん」 「ん?」 「前屈みになって」 「いいけど、苦しくなるよ?」 「それが望み」 「正樹の望みは分かってるよ……。変態だね……」  呟きながら私は前屈みになり、正樹の顔面の上に胸をのしっと置く。  しばし、胸元からスゥーッ、ハァーッと呼吸音が聞こえ、何とも言えない気持ちになる。 「いいなぁ、それ」  慎也がポツリと本音を漏らすけれど、私はチベットスナギツネみたいな顔をしている。 「はいはい、おっぱいタイム終わり」  やがてスコーンが焼き上がり、綺麗に腹割れ(というらしい)したプロ顔負けのスコーンを、クロテッドクリームやジャム、バターでいただく。 「んんふぃ」  温かいスコーンを手で割って、ペタペタとジャムを塗って頬張り、目を細める。 「そういえば、アボットさん家で頂いたアフターヌーンティーも美味しかったね」 「今度ロンドン行ったら、一流ホテルのアフターヌーンティーでも体験するか」 「ホント!? やったね!」  慎也の提案に私は拍手して喜ぶ。 「日本のホテルでもやってるんでしょ? ヌン活って。僕、最初その単語耳にした時、何の事か分かんなかったけど」 「そうそう。一時、文香とハマりまくってたなぁ。すっごい綺麗だし、映えるし、女子的なあれこれが刺激されるんだよねぇ。今でも季節のイベントがあったら、お誘いが来るから行くけど」 「じゃあ、二人がお茶してるところに俺たちが行って、ナンパしようか」  まだ諦めてないらしく、慎也が提案してくる。 「いやぁ……。文香さまに一刀両断されて終わると思うけど」 「あっ……」  容易に想像できたらしく、慎也は小さく声を漏らした。 「あの子、ホントに強いよねぇ。和人くんと一緒にいる時は可愛くなるのかもしれないけど、ホント、『可愛くなっていいのは、好きな男の前だけ』を徹底してる子だと思う」 「文香いわく、『好きでもない男にデレデレする意味が分からない』みたいだよ」 「それってさっき優美ちゃんが言った、『モテる男はナンパしない』の逆バージョンでない?」 「あー、確かに」  サクサクホロホロとスコーンを囓りつつ、私は二人を見る。  慎也はこんなに美味しいスコーンを焼けるし、ぶっちゃけ彼のご飯を食べてたら、よっぽど特別な時でもない限り「外食はいいかな?」とも思う。  優しいし気が利くし、最高の恋人だ。  正樹だって話していて楽しくて、ずっと彼と笑っていたくなる。  時に弱みを見せてくれる時は、「ああ、私が癒やしてあげたいな」って思える。  これだけ大好きな恋人が二人もいて、他の男性に声を掛けられてニコニコ対応する義務があるかと言われれば、確かにない。一ミリたりともない。  最低限、失礼にならない程度の愛想は残しておくけど。 (文香は精神的にすっごい省エネで生きてるなぁ。それで、自分の好きな人、関心のあるものには全力だし、効率いいなぁ)  あまり文香と深く関わってない二人は、彼女をクールビューティーと思っているだろうけど、私から見れば文香はかなり熱い女だ。  今は和人くんと熟年夫婦みたいな雰囲気を醸し出してるけど、あの形に落ち着くまでは一悶着あったし、心の底から彼を愛しているのを知っている。  世の中色んな人がいて、悩み事とか弱音をすぐ周囲に漏らしてガス抜きするタイプの人もいれば、信頼してない訳じゃないけど自分の事情を他人に言えない人もいる。  文香は後者で、自分の事を話す相手は限っている。 「ナンパもナンパ以外もそうだけど、全員にいい顔しようとすると疲れるよね。時間は有限だし、どうでもいい人の事を考える時間が勿体ない。色んな人と接して世界を知りましょうっていう意見には賛成だけど、中には自分の人生に必要じゃない人もいるからね」 「そうだよねぇ。パーティーとかしてるとあからさまにすり寄ってくるのいるけど、ぶっちゃけ繋がっても利益にならない人は、名刺交換して終わりかな。面倒なおっさんやじーさんのいるパーティーと、気が置けない仲間とバーで飲むのとどっちがいいかって言われたら、勿論後者だ」 「あはは、正樹は相変わらず毒舌だ」  慎也が笑い、紅茶を飲む。 「私は結婚に焦ってたけど、二人に出会えて良かったよ。ぶっちゃけ、浜崎くんの事があって、ちょっと男性不信気味にもなってたし、合コンとか誘われてもあんまりその気になれなかった。まったく知らない相手と会って、どんな人なのか探り合って、駄目だったら落ち込んで……。その繰り返しは消耗するもん」  慎也が新しい紅茶をカップに注いでくれ、私は手をちょんちょんとして感謝を示す。 「ま、あれだな。人生は限られてるから、好きな相手を見つけられたなら、その人を大切にしてその人と話してればいい。気の合う相手が幸運にも見つかったのに、『もしかしたらもっといい相手がいるかもしれない』って高望みして破滅するのは、見ててしんどいよなぁ……」  友人にそういう人がいたのか、慎也は痛々しい顔をしている。 「あー、『初恋の人と結婚していいのか』って悩んだ結果、別れて後悔するやつだね」 「そうそう、見極めは大切。友達にしろ恋人にしろ〝相手は幾らでもいる〟って人口単位で考える人っているけど、結局自分の生活圏内で会う人は限られるし、ネットだって興味のある分野でしか出会えないし、『チャンスは掴んだら離すな』が鉄則なんだよなぁ」 「そう思うと、ナンパしてる人たちって〝模索中〟なのかな。何か、生暖かく『がんばれ~』って思えるようになってきた」  その時、「ん?」と血迷ったエディさんに迫られた事を思いだしたけど、すぐ意識の外に押し出した。  終わった事はどうでもいい。 「ま、新しい繋がりがほしい人は頑張ればいいよ。僕はもう色んな事に疲れちゃったから、優美ちゃんと慎也と家族と、信頼できる友達数人でいいや。その人たちと楽しく過ごす事の方が大事かな」 「だね。でも二人のお知り合いに今後会えるなら、仲良くなれたらいいなって思うけどね」 「ん、その時はよろしく。きっといい奴ばっかりだから」  そう言った慎也のイタリア人の友人に、「めっちゃタイプ!」とグイグイ迫られて、慎也がキレたのはまた別の話だ。  完
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