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タワマン事件簿
「あの……、ペントハウスに住まわれている久賀城さんですか?」
「はい? そうですが」
女性に話しかけられたのは、俊希をマンションのチャイルドスペースで遊ばせて、文香とアプリでメッセージのやり取りをしていた時だった。
この便利なマンションには皆で使えるスペースに、ジムをはじめプールやパーティールーム、図書室にチャイルドスペースもある。
マンション前の庭には噴水やパークゴルフ、子供が遊べる公園やテントを建てられる場所もあるので、至れり尽くせりだ。
育休を取ってくれていた慎也はもう出勤するようになり、私は家事を家政婦さんにお任せして、俊希を連れてお散歩に行ったり、こういう所で遊ばせていた。
マンションの住人とは管理関係とかで顔を合わせるけれど、じっくり話した事はない。
本来なら、「○○さんが引っ越してきた」という名目でパーティーを開いたりするらしい。
けれど私は独身時代に二人と同棲を始めたので、入り方がちょっと微妙だった。
「私、二十五階の奥原さやかと申しますが……」
彼女はほっそりとしたモデル、もしくは美人アナウンサーみたいな雰囲気の美人だ。
服装も清楚系で、セレブ奥様という感じが滲み出ている。
顔は可愛いと美人の中間、色白で、胸元までの栗毛は綺麗にカールされている。
ほっそりとした指には細い指輪が嵌まり、ネイルも綺麗に施されていた。
人間観察はいいとして、彼女の独特の挨拶に「あー」となってしまった。
名前の前に階数をつけちゃうやつだ。
話には聞いてたけど、タワマン奥様たちがマウントするのに、「○○階の××ですけど~」っていうの、ホントにあるんだな。
〝最上階の久賀城〟なんて、ラスボス感があるな……。
そんな事を考えつつ、私はにっこり笑う。
「どうも、久賀城優美です」
「先日、旦那さんにお会いして感じのいいご挨拶を頂いたのですが、お兄様……も一緒に住まわれているんですね?」
「あー、はい。通勤するのに便利なんで。うち、仲がいいんです」
サラッとにっこり、あっさりと。
こういう時は堂々としたほうがいい。
「あ、いえ。詮索するみたいですみません。よそ様のご家庭について質問するなんて、野暮でしたね」
奥原さんは誤魔化すように笑い、顔の前でパタパタと手を振る。
おや、割と……、常識人っぽい感じかな?
てっきり喧嘩を売られたのかと思っていたけど。
「いえ、気にしないでください。よそ様とちょっと家族構成が違っているので、注目されるのは分かっているんです」
彼女は恐る恐る話しかけてみたものの、話しやすいと分かったからか、徐々に明るく打ち解けた雰囲気になっていく。
ちなみに、彼女の娘さんらしい女の子は、俊希と同じスペースで遊んでいた。
「……その、お気を悪くしないで聞いて頂きたいのですが」
「はい? 何でもどうぞ」
「このマンションでは、定期的に女性メインでパーティーが開かれています。以前は久賀城さんに招待状を出しても、『男所帯だから』とお断りを頂いていました。でも最近、皆さんの噂で『どうやら恋人か奥さんができたらしい』という話になりました。けど、招待状を送っても『多忙なので』というお返事を頂いていましたよね?」
「はい。働いていたので、忙しかったのは本当なんです。そのあとも結婚式やあれこれありまして。決して、変な意味でお断りしていたんじゃないです。あ、あと呼ぶ時は優美でいいですよ? うち、全員久賀城なので」
ニカッと笑うと、奥原さんは「じゃあ、私もさやかで」と微笑み返してくれた。
どうやらさやかさんは二十八歳で、新婚さんらしい。
引っ越し癖のある旦那さんみたいで、このマンションも階数とか特に気にしないで、空いてたから買ったという感じらしい。
「すみません、つい……。優美さんって話しやすいので、ペラペラ話してしまいました。できれば内密にして頂けたら嬉しいです」
「勿論! 人様の家庭の事情を、簡単にしゃべったりしませんよ。さやかさんが話してくださったので、私も対等になるために言いますけど、うちは久賀城ホールディングスの社長……が、兄の方で、夫が副社長になります。ご旅行の歳はどうぞごひいきに」
冗談めかして言うと、さやかさんは「凄い!」と驚きつつも笑ってくれた。
「久賀城ホールディングスのホテルや旅行会社、よく使わせて頂いています」
「ふふ、ありがとうございます」
話しながら、だんだん彼女に好意を抱いてきた。
「それで、パーティーがどうかしましたか?」
尋ねると、さやかさんは表情を少し曇らせる。
「それが……、言いつけるみたいで気分があまり良くないのですが、皆さんが優美さんをあまり良く思っていない……感じっぽくて」
「あー、なるほど!」
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