タワマン事件簿

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「金持ってる男って、美人な上、品があって賢くて、政治経済の話をしても、ついてこられる女の子と話したい訳。そういう意味で、銀座のクラブで働いてる女の子で、売れてる子は賢いよ。女同士の競争もあるからメンタルも鍛えられるしね」 「あぁ、なるほど……」  何となく理解してきた。 「安くない金を払う分、現実にはないゴージャスな世界観の店で、理想の女を演じる女性と話して楽しむ。綺麗に飲む男は、女の子に固執しないで楽しんで酒を飲んで、大金払って去る。そういう飲み方をしたいと思う分、サービスも女の子も粒揃えじゃないといけない」 「そうだね。……なら、さやかさんのあの雰囲気はアリなのか……」  彼女はすんなりした体型のやや長身で、美人アナウンサーと言っていい顔立ちをしている。  目はパッチリ大きくて睫毛も長い。唇の形も良くて、自分の顔立ちに合ったナチュラルメイクも心得ている。  着る服は確かにコテコテブランド系かもだけど、決して下品ではなかった。 「まぁ、奥原さやかって女は、実際に超売れっ子ホステスだったの。で、大金稼いだあと、店で知り合った若手実業家と結婚した」  五十嵐さんが話を戻す。 「やっぱりKOJIは嘘か」  文香が呟く。 「……どうして嘘ついたんだろう?」  私はポツンと呟き、首をひねる。  その時、慎也が口を開いた。 「俺たちはあのマンションで暮らして何年も経つ。勿論、今まで住人との交流なんてなかった。仕事して帰って、兄弟で過ごすだけだし、共有スペースを家族で使うとかないしな。せいぜいジムとプールを使う程度だけど、兄弟仲良くしてる訳じゃないから、ピンだと思われてたかも」 「ああ、かもね」  今でこそ仲のいい兄弟だけど、ずっと抱えていたものを打ち明けるまでは、割とぎこちなかったらしい。  一応、一緒に暮らして正樹の食生活を支えようと思うぐらいには、仲が良かった。  けど今ほど開放的で何でもあけすけに……ではなかったみたいだ。 「共有スペースもそれぞれ好きなように使ってた訳だけど、KOJIっぽい男性なんて見た事なかったんだよね。そりゃあ忙しいかもだし、マンションの住人であっても顔を見られるのが嫌で、外にある会員制のジムに行ってたかもしれない。でも、何年も住んでたら、エレベーターとかで『見た事ある人だ』ぐらいは思う訳」  正樹に言われて「それもそうだね」と頷く。 「あと、私思うけど、もしそんな有名人が住んでて誰かが認識したなら、マンションのかしましい女性たちが噂にしない訳がないと思うの」  文香が言い、「確かに!」と納得した。 「だから、彼女の夫がKOJI説はないと思う」  慎也に言われ、私は「そっかー」と頷きながらもう一つチョコレートを口に入れる。  五十嵐さんが言う。 「私の想像だけど、やっぱり見栄じゃない? 優美さんってイケメン夫がいる訳だし、パーティーに参加した他の住人も、ほぼ既婚者。その実業家とうまくいってたなら、KOJIと結婚してるなんて嘘をつく必要もない。何らかの理由で別れたか別居中のセンが濃厚。けど恵まれてる住人の中で、独身なのが耐えられず嘘をついた。あの外見なら、芸能人と結婚してるって言っても、信じてもらえると思ったんじゃない?」  私はもう一度「そっかー」と頷く。  ぶっちゃけ、そこまで見栄を張る心理がよく分からない。  他にも事情があるのかもしれないけど、現段階「分からない」以上、皆の知恵を借りて想像するしかない。  動機をある程度想定しないと、他の物事に思考を回せないからだ。 「現時点で俺たちが解決したいのは、優美の写真をメタメタにした奴が誰かという事。優美の写真を撮ったのが三笠さんとして、彼に盗撮するよう命じたのは誰か? 誰が優美に恨みを抱いているか?」  慎也が指折り数えながら言う。  それに頷き、正樹が続ける。 「次点で、うちにも被害があるかもしれないから、成宮さんを突き落とした犯人。……これは防犯カメラに黒ずくめの男が映っていたね。それらしき男を、僕らも会社帰りにマンションの近くで見ている。……あとは、奥原さんを襲った強盗の正体」  私は話を聞きながらルーズリーフに要点を纏めていく。まるで書記だ。 「まるっきり独立した事だけど、杉川さん夫婦のダブル不倫。光圀さんが奥原さんとキスしていた関係。その奥原さんは謎が多く、嘘をついている可能性もある事。それはなぜか」  慎也が言い、私はお気に入りのボールペンで書いていく。うん、書き心地がいい。 「えーと、登場人物……と」  私はマンションの階数と、人物の名前を書いていく。 「相関図みたいに矢印つけれる?」  文香がルーズリーフを覗き込み、顎に手をやって考える。
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