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「あとは『夫が高学歴で高収入なのは理解できるし、自分がいい暮らしをできているのは夫のお陰。でも何かあるとバカにされてつらい』とも言っていました。『傷付いて言い返したくても、口喧嘩をしたら大きな声が怖くて泣いてしまう』『〝養ってもらっているくせに〟と言われたら何も言えないから、そもそも反抗できない』とも」
言ったあと、光圀さんは少し責めるように、厳しい目で赤城さんを見つめる。
美香さんは大きな溜め息をついて「完全にモラじゃない」と言い捨てる。
私の中でもNG判定が出ているので、擁護できない。
無言の圧を感じたなか、赤城さんは必至に自分を正当化する言葉を探そうとした。
「だって、仕方がないじゃないか。学歴や収入に差があるのは当然だし、結婚する時に恵里菜は『専業主婦になる』と言った。彼女の自由な買い物や、友達とのランチを許しているし、僕だって譲歩しているつもりだ」
「すんません」
私はまた挙手した。
「まず、『だって』と言っている段階で、言い訳です。自分に非があると言われたら、どんな理由があっても一旦受け止めるべきです。自分では分かっていない面が、第三者には見えているという事を理解するのは必要な事だと思います。あなたは自分の過ちを受け入れようとしていません。『自分は間違えていない』と思い込んでいるからです」
指摘すると、赤城さんは大きく息を吸って自分の感情を押し殺す。
「夫婦のあり方はそれぞれです。恵里菜さんが専業主婦になるのも、二人で決めたならそれで問題ないでしょう。その分、赤城さんが働いて稼いでいるのは素晴らしい事です。でもガンガン稼いでいる人が、伴侶の買い物やランチを〝許している〟というのは傲慢じゃないですか? 専業主婦なら自由はないと思っていますか? 彼女の交際費もすべて自分が出しているなら、恵里菜さんのすべてを支配する権利があると思っていますか? それは完全にモラハラですよ」
彼は呼吸を荒げ、黙り込む。
「さっき気づきましたが、ご自身の怒りをコントロールしようとしていますね? 過去に何か失敗があったから、同じ事を繰り返さないように努力しているように感じられます。誰かに指摘されましたか?」
分析されているようで、彼は気分が悪いだろう。申し訳ない。
ただ、第三者の私がこの場に呼ばれた理由は、こういう役目にあると思っている。
彼は大きく息を吸って、深く吐いていく。
「……学生時代の親友に指摘されました。そいつとの仲は壊れました。言われた事が悔しくて、絶対に認めてなるもんかと思いましたが、大事な友人を失った代償として、カッとなる癖は直そうと試みています」
「赤城さんは、確かにモラハラ気質ですが、改善できると思います。一度奥さんと話し合ってみたらどうですか? 二人きりだと当事者同士なので、感情的になったら話になりません。カウンセラーなど、どんな状況になっても冷静に対処できる人を間に置いて、夫婦の仲を見つめ直す必要があると思います」
カウンセラーという単語が出て、自分には必要ないもの、そこまでじゃないと思っていたからか、彼はガックリ項垂れた。
「……善処します」
それで一旦話は終わったように感じられたけれど、これからだった。
光圀さんが挙手して、話し始める。
「申し訳ないのですが、浮気相手が僕だった。でも浮気はしてなかった……で終わりではありません」
赤城さんは困惑した顔を上げる。
「……傷付いているところすみません。彼女は別の男と浮気しています。理由は今言った通り、そして僕はその浮気の隠れ蓑として使われていました」
美香さんが目を眇める。
「……あなた、浮気してなかったの? 他の女性は?」
彼女は今までで一番動揺しているように見えた。
そりゃそうだろう。長年夫が浮気していると信じていたんだから。
「していない。……僕は美香さん一筋だよ」
気弱に微笑む光圀さんを見て、美香さんの表情が凍った。
「……だって……、あなた……」
大きく目を見開いた彼女に、光圀さんは寂しそうに笑う。
「勘違いさせた僕に非がある。恵里菜の不倫を守るために、『この関係を口外しないでほしい』と言われて、その約束を守ると決めたのは僕だ。……結局僕は、幾つになっても自分のハッキリとした意志を持てず、周囲の人に曖昧に流されてしまっている」
「私……っ」
美香さんは大きな目から涙を零し、バッグからハンカチを出して目元に押し当てる。
あー、思いっきりすれ違ってたんだ。
光圀さんが浮気していると思い込んだ美香さんは、対抗して本当に浮気してしまった。
きちんと確認すれば、こうならなかったはずなのに。
「……っ、許して……っ」
嗚咽する美香さんの背中を、光圀さんはポンポンとさする。
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