タワマン事件簿

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「……会費分は食うか」  文香がボソッと囁いてくる。 「だな」  私もコクリと頷いた。  やがて十二時になり、人が集まった頃に美香さんが挨拶をした。 「皆さん、今日はお忙しいなかお運びいただきありがとうございます! 恒例となった交流会ですが、嬉しい事に今日はお初の顔ぶれもあります。どうぞお料理と一緒に楽しく過ごし、交流を深めてください」  短い挨拶のあと、全員が上品に拍手をし、飲める人はシャンパンで乾杯となる。  俊希は卒乳したけれど、大輝くんはまだミルクだ。  私一人だけ飲む訳にもいかないので、「初めてのパーティーで酔っ払うのは避けたいから」と言って一緒にノンアルコールのシードルを飲む事にした。  シードルを飲みながらじわりとテーブルに近づき、どれから口を付けるか物色する。  ちなみにそれぞれの息子は、料理を取りに行く間夫婦のどちらかが見ているというルールだ。  取り皿も紙の皿ではなく、普通の陶器の皿だ。  業者さんが持ってきた物らしく、パーティーが終わったら食器もろとも回収らしい。  あとから自分たちで洗わなくて済むのは楽だ。 (とりあえず、サラダから……と)  以前ほど食に対して神経質になっていないけれど、一応野菜から食べるとかは気を遣ってはいる。  トングでシーザーサラダをとっていると、女性が近づいてきて文香に声を掛けた。 「あの……、Famさんですか?」  文香は顔出しインフルエンサーだ。 「どうも~」  文香はかるーく挨拶をしながら、お皿にカナッペやテリーヌを適量のせている。 「あの、ファンなんです! いつも投稿にいいねさせて頂いているんですが……」  そのあとは他の奥様も混じって、ファンの集いみたいになった。  有名人は大変だなぁ、と思いつつ、私は邪魔にならないように横に立ってサラダを食べ始める。  チラッと慎也と正樹を見ると、早くも別の奥様たちに囲まれて質問攻めになっていた。  おおー……。  和人くんは少し離れた場所で大輝くんを見ていたので、彼の所に避難しようとした。  と、思ったら。 「久賀城さんですよね?」 「はい?」  男性に声を掛けられ、私は振り向く。  目の前には、三十代後半の男性が二人立っている。 「初めまして。僕は三十三階に住んでいます、三笠祐二(みかさゆうじ)と言います」  爽やかに笑った彼は、見るからにエリートっぽい雰囲気のイケメンだ。  全身から自信が溢れていて、自分の魅力を分かっている感じだ。  でもどことなく、遊び人っぽい雰囲気もあった。  ただの偏見だけど、金のネックレスを覗かせてる男性は、あまりタイプじゃない。 「ご丁寧にどうも。久賀城優美です」  挨拶をすると、もう一人の男性が微笑みかけてくる。 「俺は三十一階の成宮圭(なるみやけい)です。こちらが妻の清花(せいか)です」 「ども!」  三十代後半の成宮さんは、むちっとした体型の陽キャという印象だ。  彼ら二人はしばし世間話をしていたけれど、成宮さんが照れながら本題を切りだした。 「久賀城さんって夫婦揃ってスタイルがいいけど、何か特別なトレーニングでもしてる? 俺、見ての通り最近どんどん腹が出てきちゃって……。お勧めダイエットがあったら教えてほしいな」  あー、なるほど!  一気に警戒を解いた私は、うんうんと頷いて失礼のないように彼を見る。 「一番はウォーキングがやりやすいと思いますけどね」 「そうなんですけど。仕事から帰ってくると、疲れてなかなか外に出られなくて。マンション内にあるジムも、人に会うと思うと恥ずかしくて……」  分かる。  私もかつては怠惰の権化だったので、気持ちは分かる。 「なるほど。では、エレベーターを使うところ、数フロア分を階段にするとか。家の中でもヨガマットを敷いて、プランクとかマウンテンクライマーとか、その場でできるトレーニングはありますよ。某ジムみたいに、ビフォーアフターでテッテレー♪ って劇的には変わりませんが、食事をローカロリーの和食を中心にして、ちょっとした時に腹筋に力を入れるとか、その場で足踏み、音楽に合わせて手を振るとか、そういうのでいいのなら、数年掛けて緩やかに絞れると思います」 「やっぱり見た目スッキリしたって思われるようになるには、負荷を掛けるか時間を掛けるかなんですね」 「そうですね。楽して痩せようとしても、そうはいきませんし」  カラカラと笑うと、成宮さんは恥ずかしそうに笑い返す。
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