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彼らの日常
「ねぇ、僕思うんだけど」
正樹が口を開いたのは、週末に家でゴロゴロしていた時の事だった。
私はカウチソファに脚を投げ出して、文香とメッセージのやり取りをしている。
正樹はそんな私の太腿の上に頭をのせ、昼寝をしていたはずだった。
ちなみに慎也もさっきまでソファに座って本を読んでいたけれど、「小腹が空いたから何か作るか」と言って、キッチンで何かしている。
で、私は正樹に話しかけられた訳で。
「どした?」
彼の頭を撫でると、正樹は気持ちよさそうに目を細める。
「僕、かなり優美ちゃんに甘えてると思う」
「うん、まぁそうなのかもね」
それは否定しない。
「それについて思うんだけど、多分母親に甘えられなかった分も、優美ちゃんに甘えてるのかなって」
「あぁー……」
言われて確かに、と思った。
実のお母さんは亡くなられていて、玲奈さんには遠慮があった。
結局、正樹は誰の事も信頼できず今に至ったのだと思っている。
「でも、マザコン的な感情ではないから、安心して」
「んふふ、分かってるよ」
「優美ちゃんに出会えて、大分……何て言うかな。僕の中の修羅みたいなものが落ち着いてる。中二っぽい表現だけど」
「分かるよ」
彼の今までを知っているからこそ、誰にも心をさらけ出さずにいたんだろうな、とは思っていた。
人を信じられなければ、自分一人で何とかしないとという気持ちになる。
意固地になり、表面上は愛想良く振る舞って、気を緩められるのが自宅しかなくなる。
「甘えるって、気持ちいいね」
「ん……」
私は微笑み、正樹の頭をふわふわと撫でる。
「ずっと女性の事は、守る対象、またはやらせてくれる人たち、ぐらいに思ってた。最低だけど」
正樹は私の毛先を弄び、髪の匂いを嗅ぐ。
「そんな女性に、僕が甘えられると思っていなかったんだ。優美ちゃんと会うまで、再婚する気持ちはゼロだった。勿論、利佳にも甘えた事はなかった。仲が良かった頃は形だけ抱きつくとか、膝枕とかあったけど、心の中は無だったな……」
言ってから、正樹は息をついて少し話を変える。
「僕さ、遊び歩いていた時に外泊は沢山したけど、寝た事ないんだ」
「ん?」
意味が分からなくて、私は聞き返す。
「友達の家とかホテルとか、女の子の家とかに行っても、気を許してないから安心して眠れないんだ。どんだけ飲んで酔っ払ってても、朝まで起きてる」
「へぇぇ……。私は眠くなったら寝ちゃうな」
「それだけ、僕は他人を信頼していなかった。だから優美ちゃんと初めてしたあと、自分でもびっくりしたよ。自宅とはいえ他人がいるなら、眠れなかったと思うんだ。でも初めて三人でしたあと、普通にすやっと寝た。そういう意味もあって、『あれ、この子違うな』って思ったのはあったなぁ」
「そうだったんだ!?」
それは知らなかったので、思わずちょっと高い声が出た。
「慎也は外で寝れるんだよね」
正樹が話しかけると、キッチンにいた彼が返事をする。
「俺は図太くできてるから、健康のためにもちゃんと寝るよ」
「あはは! 慎也らしい」
彼の答えに私は笑う。
「正樹はアレだろ。セックスうまいって評判良かったから、女性に気に入られて気を抜くと跨がられるんだろ」
「ぶっふ……」
正直そこまでいくと、嫉妬するよりも笑ってしまう。
「寝ようとしてる時まで狙われてるんだったら、セックスよりちん○目当てでしょ……」
げんなりと言う彼の様子に、私はケラケラ笑う。
「大きくて立派だしね? 気に入られたのかもね?」
ポンポンとジーンズ越しに彼の股間を叩くと、正樹があらゆる意味でやばい事を言う。
「イヤーッ! 優美さんのエッチ!」
「ぶっはははは!!」
私も慎也も声を上げて笑い、「お湯かけないと!」と悪ノリする。
「逆に優美ちゃんってさ、文香ちゃんと海外行ってた訳でしょ? ナンパとかされなかったの? 食事してたらテーブルに近づいてこない?」
「あー……」
言われて、私は文香との旅行を思い出す。
「ご馳走してくれるおじさんとかいたなぁ。お酒奢ってくれるお兄さんもいたし。仲良く飲んで、そのあとを誘われた事はあったけど、基本的に『ノー』をハッキリいったら割とあっさり引き下がるかな?」
「あぶねー」
キッチンで片付けをしながら、慎也が低い声で言う。
「私たちもアホじゃないから、大きい通りに面したお店を選ぶとか、あまり遅くなりすぎないとか、気をつけてはいたよ。私はともかく文香は和人くんがいるから、絶対に変な目に遭ったら駄目だって思ってたし」
そこまで言って、不意に気になった。
「ねぇ、二人ってナンパした事ある? なくない?」
尋ねると、二人は少し沈黙してから、そろって返事をする。
「ないな」
「ないね」
「だろうなぁ……。いい男って入れ食い状態だから、自分からはいかないよね。世の中そんなもんだ」
ぼやいた時、キッチンでの作業が終わった慎也が戻ってくる。
そして私の耳元で囁いた。
「お姉さん、美人だね。これからお茶しない?」
「んっふふふふ……」
振り向くと、楽しそうに笑った彼と目が合う。
「どこでお茶するの? 私、こう見えて舌が肥えてるんだけど」
冗談めかして言うと、彼はにっこり笑った。
「俺が作ったスコーンと、ダージリンを一緒に」
「スコーン!」
今の〝ごっこ〟を忘れ、私はバッとキッチンを振り向く。
「今オーブンに入れたばっかり。もうちょっと待ってな」
笑いながら慎也はポンポンと私の頭を撫で、一人掛けのソファに座ってスマホをチェックする。
「ねぇ、慎也。僕もナンパした事ないから分からないんだけど、多分『お茶しない?』って声かけ、もう昭和で絶滅してると思う」
急に正樹が突っ込んできた。
それは私も思っていたので、無言で肩を震わせる。
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