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職員室で束になった答案を受け取った。
どの科目もひどい有り様で、赤点を一つもださずに済んだのは奇跡という気がした。
今回は不運だったな、と中村先生は言い「でも入試のときじゃなかくて良かったじゃないか」と慰めなのかなんなのかよくわからないことを言われた。
どれだけ順位を落とすだろう。母さんからうるさいことを言われるだろう。
がっくりしながら職員室から出ると廊下が大騒ぎになっていた。
張り出された試験の順位発表に生徒が群がっている。
人垣の後ろからのぞいた瞬間、衝撃が走った。
一位 武田 麗奈 五〇〇/五〇〇点中 九〇〇/九〇〇点中
九〇〇点満点?! 麗奈が?
奈緒は手にある答案へ目を落とす。その合計点は麗奈の半分にも届かない。
あの日、わたしとの約束を破っておいて。
なにが起こっているのかわからなかった。
集まっている生徒のなかに唖然としている水越さんがいた。気付かないふりをして奈緒はその場を後にする。
教室に戻ると、すでに麗奈の偉業はクラスに伝わっていた。
五〇〇点満点らしいという噂は事実となり、それどころか九教科すべてが満点だと公になった。
麗奈は平然と座っている。
クラスのみんなはそんな麗奈を誉めそやすでもなく、遠くから目をやりヒソヒソと話し合っている。
そのなかで金元さんだけが麗奈のもとへ歩み寄った。
「すごいね麗奈。どうやって勉強してんの」
麗奈は小さくため息をついたようだった。
「夜は静かだし、誘惑してくるようなものだってひとつない。そもそもこんなレベルで勉強なんて必要なの?」
教室のなかがゆっくりと固まっていく。
「あっそ」
金元さんはそれだけいうと席へ戻った。
船の後ろに波が立つように、教室の空気が変わっていく。
その時から麗奈に近づく者はいなくなった。
夏の風はぴたりと止み、不気味な静けさがひろがった。
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